| タイトル | : Re^3: 大東町の位置の謎が解けました。 |
| 投稿日 | : 2007/01/16(Tue) 04:08 |
| 投稿者 | : 管理人 <hasegawa@msb.biglobe.ne.jp> |
現在、島根県雲南市の神社配置を重点的に研究しています。
ています。この過程で、以前から私が古代の聖地と主張している奈
良県五条市大塔町の位置の謎が解けたのです。
島根県には青銅器が大量に出土した「荒谷遺跡」と「加茂岩倉
遺跡」に相当する別の遺跡があると主張しているのですが、その
遺跡推定地点付近の神社配置も大塔町を指していることがわかり
ました。
しかも、その線の北西側への延長線で、大塔町から富士山の神
社(奥社)までの距離と等距離の点は富士山の神社の緯度と正確
に一致することがわかりました。
言い換えると、その点と富士山の神社、大塔町を結んだ線が正確
な二等辺三角形になるのです。(大東町が頂点の逆さの三角形)。
かねてから、私の主張している古代の測量精度は伊能忠敬のそれを
はるかに超えていたとする説の証拠にもなります。
大塔町には現在は伝承も残っていませんが、古代は大きな塔が建
っていて、信仰の聖地だった可能性が高くなってきました。
雲南市も「大東」の付く地名がたくさんあります。これは「大塔」
が間違って伝えられたもので、古代、ここにも大きな「塔」が建ち
、信仰の聖地になっていたのは間違いありません。
伊勢神宮も、「出雲大社も上記二つの古代聖地を掩蔽する目的で
建てられた」とする私の説は次第に現実のものになってきました。
田上町もその件に関係しているのです。