| タイトル | : 樺太屋さんはロシア語が堪能です |
| 投稿日 | : 2000/02/03(Thu) 00:23 |
| 投稿者 | : 管理人 |
| 参照先 | : http://home.n00.itscom.net/hasegawa/ |
百合奈 さん、細井さんの投稿ありがとうございます。新しいスレッドに
書きました。
ロシア語の話がありましたが、主題のご主人はロシア語が堪能です。
昭和35年頃だったと記憶していますが、私がまだロシア語を全く知ら
ない時でしたからかなり大昔の事です。
樺太屋さんのご主人は新潟の港に行って、この特技を生かしてロシア
の人を「ゆごや」まで連れてきたのです。しかも、自分の家だと言って
、斜め前の小柳旅館に連れて行って大きい風呂に入れ、びっくりさせた
ようです。今の奥さんは小柳旅館に勤務されていたのです。ご主人は樺
太に戦後も住んでいたので、ロシア語は国語のようなものです。
樺太屋さんのご主人は、ロシアの船に乗せてもらって船長さんの部屋に
入れてもらったそうです。船長さんは猟が趣味で猟銃を持っていたと言っ
ていたのを記憶しています。
田上の石田屋も、船長さんからお土産に戴いた黒パンと月桂樹の葉っぱ
の分け前をいただいたようで、ロシアの人はこんな貧しいものを食べてい
るのかと驚いたそうです。
このようにロシアと新潟は国交が正常でない時期でも、とても近く「ゆ
ごや」まで関係があったのは細井さんの説の通りです、しかし、イクラの
言葉は、戦前からあったので、細井さんのお話とは違うと思います。
「メンタイコ」の「メンタイ」も本来はスケトウダラの意味でロシア
語、韓国語、中国語、スラブ語それぞれに相当し、なぜ現在のようにな
ったかは謎のようです。「イクラ」の意味も同じような歴史を持つので
はないかと考えます。
それから、「こと」に関してはやっと思い出しました。
「いっぺーことけーて」とか「いつぺーことくーたて」などでも「こと」
を私もかつてはよく使いました。
これは標準語でどう解説したら良いかわかりません。ぜひ教えてくだ
さい。