川の流れのように
 人生は人それぞれだけれど、親の世代のやる気を失はせてゐるのは子の世代であることも少なくないのだと知らされる。不治の病に罹らずとも人の一生は有限だ。その限られた時間、それも最期に近づく先輩世代としての期間をどのやうに過ごすかで、その人が生きてきた足跡の深さが変はるやうな気がした。
 主人公の振る舞ひで、何気ない日常が少しづつ変はつてゆく。そのうちに、絆が深まつてやがて打ち解ける。辛い過去の記憶に一時憎しみも蘇るが、決して短くはない時間はすべてを許してくれた。
 六十数年を経てもなほ変はらぬ友情が続いてゐる海辺の町に戻つた主人公は、その人生の最後の数か月、生きてゐる限り忘れてはならないことを、若手に抑へられてたゞ老けゆくばかりの友たちに教へた。だからだらうか、死してもそこには悲嘆はない。あるのは懐かしさと、生き生きとした人生を教へてくれたことに対する感謝の念だけのやうであつた。
 エンドタイトルが始まつても決して席を立たないでほしい。スタッフのクレジットが全部終はる最後までストーリーは続いてゐる。そこでは主人公が帰つてきたことによる最大の効果が繰り広げられる。
 それにしても配役が素晴らしい。出演者を決めてから脚本を仕上げたのだらうか。主演の森光子は年齢を感じさせない生き生きさが輝くばかりだつたし、他の面々も得難い役者揃ひだつた。皆ほゞ実年齢の役で、自然に説得力ある表現となつて滲み出てゐたやうに思ふが、なかでも田中邦衛といかりや長介は特に光つてゐたと思ふ。
 久石譲による音楽も温かで、穏やかに観客を包み込んでくれる耳に優しいものだつた。エンディング・テーマの美空ひばり自身の歌も新しい編曲で柔らかさが増してゐる。
 温かな笑ひもたくさんあつたけれど、涙も知らず知らずのうちに溢れ出てくる。決して悲しいわけではないのに、どうしても泣けてくるのだ。台詞には名言も垣間見えたし、見終はつた後の余韻も実に心地よい映画だつたと思ふ。秋元康といふ人は、大したものだと思つた。
(2000年5月11日、みゆき座)

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このページは長谷部 宏行(HASEBE, Hiroyuki)からの発信です
2017年4月9日版
(内容については実質的には2000年5月11日版)