ストレイト・ストーリー

 この映画の感想は、箇条書き的に書いてみたくなつた。
 たゞ単に文章がまとまらなかつたからだが、それは内緒にしておかう、(と思ひつゝもかうしてばらしてしまつたが…)


 なんと単純な物語なのだろう。単純といふと聞こえが悪いかもしれないけどカタカナで書けばシンプルだ。仲違ひしてしまつた弟が、生きてゐるうちに、と兄に会ひに行く。それだけだ。が、その周りには数々の出会ひが待つてゐる。

 登場人物の平均年齢はかなり高い。ほとんどが人生の大先輩ばかりである。出演料が年功序列だとしたらたいへんなことにならう、といふほどだ。

 人間は簡単には死なないものだ。たゞし、それは、生きる目的とそれを実現させる強い意志があるといふ条件が必要かもしれない。およそ余命いくばくもないと思しき主人公の爺様が、過酷な条件で目的を達成してしまふ。私なんかまだ30の半ばだが、あの体勢(姿勢)であの長時間、あんなことをしたら、腰がどうかしちやふよ。それをあの爺様は…。それも事実に基づいてゐるのだ。すごい。そして、強い意志は、その一途な(ストレイトな)行動と相まつて、温かな感動をもたらすのだ。

 人が死ぬ映像描写が一切ないのは何といつても好感が持てる。戦時中の悲惨な回想には胸が痛むが、その場面でも再現映像が使用されることはない。映画の観客は、ラヂオを聴いて映像を想像するのと同様に、爺様の話を聞くことでそれぞれの脳裏に想像させられるだけなのである。それどころか、暴力沙汰もなければ性描写も限りなくゼロに近い。何と健全なことだらう。唯一の粗暴な場面(?)は、堪忍袋の緒が切れた爺様が老いぼれトラクターを銃撃してしまふところくらゐだ。予告編で流れた別の新作は、ほんの1〜2編を除いてどれもこれも人命をおろそかにしてゐるものばかりだつた。それらとも一線を画するといふ意味で、やはりこの作品は私好みであつた。

 子を奪はれ寂しい思ひを余儀なくされる娘が絶妙な演技をしてゐたが、子を思ふ親の気持ちが本来いかに深いかを改めて感じた。

 爺様が若者たちに語る数々の話は、何と詩的で説得力があることか! それが、ゆつたりとした時間の流れの中で静かな感動をもたらす。

 アメリカの穀倉地帯は、やはり広大である。たゞし、抜けるやうな青空には恵まれないやうだ。

 音楽も、これ以外はないつていふほど、映像に合ふジャンルの音楽だつた。ギターやバイオリン(といふかフィドルね、たぶん)が目立つ、何といふか、スローなカントリーみたいな…(ほんとか?)

 しかし爺様よ、煙草を吸ふのは別に止めはしないけどさ、火をつけたマッチをそこらに捨てるのはちよつと寂しかつたよ。たしかにさういふことをしても許される雰囲気が支配的だつたけど、喫煙マナーに神経質な非喫煙者としては気になつちやつたよなあ。玉に瑕、つてやつかもね。監督さん(ディビッド・リンチ)は、たぶん喫煙者なんだらうね。よく知らないけど。

 それにしても、爺様役のリチャード・ファーンズワースはお見事!


(2000年4月3日、丸の内ピカデリー)


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このページは長谷部 宏行(HASEBE, Hiroyuki)からの発信です
2017年4月9日版
(内容については実質的には2000年5月12日版)