吉松隆の新作初演に酔ふ

文:長谷部 宏行 

bar bar bar

なんて美しい音楽だつたらうか…。

それが終はつたときにまづ想ひ抱いた感想だつた。
1998年2月8日、15時少し前にその曲は始まつた。

吉松隆作曲のピアノ協奏曲
「メモ・フローラ(花についての覚え書)」作品67である。

ピアノは田部京子、管弦楽は藤岡幸夫指揮の日本フィル。
世界初演だ。


第1楽章から心地良い響きが拡がる。
吉松らしい音楽といへやう。

彼得意の鳥の声が聴こえて来たころ、
得も言はれぬ感動に全身が包まれた。

どこか壊かしいやうな零囲気に、
いつの間にか私の内に熱いものが込み上げて来るのがわかる。

涙が出さうなほどに美しかつたのだ。

永遠に続いても不思議ではないやうな至福の音楽は、
やがて不似合ひな強奏で打ち切られた。

次の楽章への切り替へのために
幻想の世界から呼び戻されるがごとし終はり方だつた。

あまりの美しさに、
それしか終はりやうがなかつたのだらうか。


第2楽章は割に短かめだつたが、
ここでもまた音楽は美しさであふれてゐた。

水面を想はせるゆらめく弦のハーモニーに
ピアノの花びらがひそやかに舞ふ。

そしてフィナーレは躍動感に富んだ、
これも吉松のコンチェルトではお馴染みのパターン。

しかし、その躍動感は単に賑やかなだけではない。
冒頭から続いてゐる美しい静けさが何度か現はれる。

いつまでも聴き続けてゐたい…。

そんな幸福感あふれる現代の協奏曲は、
第1楽章の終はりにも似た現実回帰で幕を閉じた。


この作品は、今回と同じピアニストと指揮者によつて
録音される予定だといふ(管弦楽はマンチェスター室内管)。

英国シャンドスで計画されてゐる
藤岡による吉松作品全曲録音の一つだらう。

私は今からその発売が待ち遠しい。

bar bar bar



おそらく1998年に上村貴さんのサイト内に掲載されたもの。
ヘッダー、フッター等を編集して2021年5月17日に採録した。

目次へ戻る
このページは長谷部 宏行(HASEBE, Hiroyuki)からの発信です
(2021年5月17日版)
(内容については(おそらく)1998年版)