作品名: ワイルドレンジ・最後の銃撃 -


書込欄へ  ヘルプ
お名前: ウエイン命   
西部劇名場面リメイク集とでも呼びたいような貴重な映画ですので何か気の利いたことを書こうと思
ったんですが、既に諸兄によって語り尽くされた感がありますので、私は例によって瑣末なことにこ
だわりたいと思います。
「平原の待ち伏せ」の欄で「単発銃のはずが弾が出過ぎている」と云う面白いご指摘が出ましたね。
この手の話は大好きなので早速乗らせて頂きます。銃って云うのは凄く暴発が多いんですよ。私、若
い頃銃砲所持許可を得るために警察の講座を受けたことがあるんですが、これがとにかく銃と云うも
のが如何に危険なものかを徹底的に教えてビビラせる講座なんですね。狩猟中に弁当を食べていて犬
が木に立てかけてあった銃を倒しただけで暴発して死亡事故になったとか、浅瀬で足を滑らせてよろ
けた拍子に暴発して前の人を撃ってしまったとか…。そこで1人でも「やっぱり銃なんか持つのやめ
とこ」と思ってくれれば幸いと云うわけです。今でもそうなんですから西部劇の時代なんか日常茶飯
事だったんじゃあないでしょうか。ピースメーカーはシックスシューターの別名の通り6連発です
が、暴発を防ぐために常に撃鉄が触れている一番上の弾装は空にしておくのが普通だったと雑誌「G
UN」に書いてありました。先日「勇気ある追跡」を観ていたら、ウェインが弾を込めるシーンで
「どうして一発弾を抜くの?」と云うK・ダービーの質問に「自分の足を撃たないためさ」と答えて
いましたのでどうやら事実のようです。そうなると基本的に5発以上連続して撃つのはおかしいと云
うことになるんですが、乱戦になると往々にして皆さんつい撃ち過ぎてしまうようです。その手のシ
ーンは過去いくらでもあったと思いますが、最近目に付いたのが「トゥーム・ストーン」とこの「ワ
イルド・レンジ」です。前者についてはそちらの欄に書きたいと思いますが、こちらの問題のシーン
はクライマックスの銃撃シーンで登場しました。コスナーが殺し屋の額に穴を開けた後そのままファ
ニングを交えてかれこれ十何発続けて撃ちましたよね。この映画の売り文句が「西部劇史上最もリア
ルな銃撃戦」ですから、ちょっとマズイんじゃあないかと気になりました。撃ち合いの最中に相手の
攻撃を避けながら弾を込めるシーンもなかなかいいもんなんですがね。そんなことを考えながら「あ
れももしかして撃ち過ぎてるんじゃあないかナ」と思ったのが「シルバラード」と「エルダー兄弟」
で、前者は脱獄したコスナーが2階から銃を持って出てきたおじさんを足元を連射して追い返すシー
ンですが、確認してみると5発撃ったところでちゃんと撃つのを止めて弾を込めていますね。後者は
クライマックスの銃撃戦、弟のホリマンがダイナマイトで殺され怒ったウェインがコスナー張りとは
いきませんが、2挺拳銃をやはり交互に撃ちまくりJ・ケネディを倒す場面です。昔から「撃ち過ぎ
じゃないかなー」と思っていたんですが、今回チェックして見るとギリギリセーフでした。乱戦以外
では意外とちゃんとしてるんだと云うことを再認識した次第です。例によって「だからどうした」と
いわれても困るんですけど、。
[2009年1月25日 16時43分18秒]

お名前: KEN   
 最終日にようやく時間を作って、話題の「ワイルド・レンジ」を見ました。ケビン・コスナー
の監督主演西部劇です。落ち目のケビンの映画ですから、アメリカではスマッシュヒ
ットになった本作も、日本ではミニ・シアターでヒッソリと公開されました。幼い頃
からの西部劇ファンであり、ケビンのファンの僕としては寂しい限り・・・・。

 しかし、映画の出来は素晴らしいものでした。本作はこちらでもかなり
話題になっているように、正統派西部劇の秀作だと思います。

 「シルバラード」「ダンス・ウィズ・ウルブス」「ワイアット・アープ」それに、
SF西部劇の「ポストマン」と、西部劇にこだわってきたケビンの集大成ですが、こ
物語的には目新しいところはありません。極めてオーソドックスな西部劇のストー
リー。

 牛を追うカウボーイたちが通りかかった町で、悪い牧場主と保安官に仲間を殺され
牛を奪われそうになり、遂に堪忍袋の緒が切れて、決闘する羽目になる。ただそれだ
けのストーリーです。

 しかし、カウボーイのボスを演ずる主役の名優ロバート・デュバルをはじめ、ケビ
ン、アネット・ベニング等が揃って名演技を披露し、生きている人間を感じさせま
す。特に誠実に生きるデュバルとケビンのユーモアたっぷりの会話と演技は絶品物で
す。ラスト20分まで銃撃戦らしいものがありませんが、静かなる雰囲気の中、きっ
ちりと幾つかのドラマの盛り上がりも用意され、ラストの猛烈な銃撃戦へとなだれ込
む展開に、映画を見た、という充実感がみなぎります。

 殺し合いに明け暮れた暗い過去を持つケビンと、彼を見守る兄貴分のデュバルの師
弟愛。どんな局面でもユーモアを忘れないデュバルの笑顔が映画を爽やかにしていま
す。

 犬を助けたところから始まる町の人々と主役のカウボーイたちの交流。続くカフェ
での悪徳保安官とデュバルの議論。酒場での更にヒートアップした対立、そしていよ
いよ銃撃戦が始まる中での街の人々の協力、ラストのほとんどリンチに近い形での結
論の出し方など、極めて論理的な筋運びでアメリカの民衆の姿を描いているところも
興味深いです。

 とにかくケビン・コスナーが、ここでは書ききれないくらいのディテイルの描写に
出色の演出家振りを見せてくれます。

 こういう映画は、女性たちにも「西部劇?」と毛嫌いせずに是非見て欲しい作品です。アネッ
ト・ベニングとケビンの年増二人のラブ・ストーリーも深い味わいを見せ、まるで西
部劇版「たそがれ清兵衛」を思わせてくれました。

 ではでは。
[2004年8月23日 22時5分20秒]

お名前: Add9th    URL
久しぶりの投稿です。
GOGHさん、皆さんお元気なようで。

久しぶりの正統派西部劇でした。
雄大な景色のなかで。

しかめっ面でつぶれた紙巻タバコくわえるカウボーイ達。
もうそのシーンだけで、それだけで80点です。

客観的に観てどうですか。
ストーリーが単純、安易って感じです。
まあそれが正統派西部劇かなあ。

もっと頑固じじいであってほしいディバル。
ケビンの過去あるガンマンの純愛や
そんなガンマンの愛を安易に受け入れる
知的な女医のアネットの不自然さ。
主人公3人の人間がわかりにくい。
もっと人間臭さがほしいかなあ。

それからあまり見せ場のない前半。
いくつかのかっこいい見せ場や
気の利いた台詞のシーンがあったらと思いました。
最後のガンファイトはいちばん圧巻でしたね。
ちと長いのと音がうるさかったですが。

マールボロのCMがTVで見れなくなった今。
こういうのを観るとキャンプに行って焚き火して。
禁煙解除。(笑)
[2004年8月5日 0時16分34秒]

お名前: GOGH   
DVD(輸)を買って一度見てしまったのがいけなかったのか、やっとこさ劇場(新宿)で観て
まいりました。やはり劇場で観ると違いますね。DVDより良かったです。ただもうちょっと
大きなスクリーンで観たかったですね。さて、ほとんど内容等については皆さんが書かれてい
るのでそれ以外で私が気になったところを...

深夜の告白シーンで語られましたが、チャーリー(コスナー)は南北戦争の帰還兵のようで
すね。戦争に疲れ、ガンマンとなり、人(町)が嫌いとなって荒野で暮らすようになる。
この辺は「ダンス・ウィズ・ウルブス」と同じです。原作がそうなっているのか。コスナー
付け加えたのか。知りたいところですね。それと兵隊の時は狙撃兵として特別な部隊にいた
ような...シャープシューターだったのかしらん?(^_^ゞ
[2004年8月1日 1時21分18秒]

お名前: 放浪者   
  ノスタル爺さん、皆さん、こんにちわ。

  本棚を捜したら、昔に買った「アメリカ・ウェスタン辞典」(研究社・昭和54年)という 
 小辞典が見つかりました。

  オープン・レンジ(OPEN RANGE) という項目では、

  「法律上の拘束のない放牧地。共有の放牧地。実際には、多人数の牧童を抱えた牧畜業者が
  支配していることが多かった。CATTLE DRIVE  がこれを利用して行われたが、やがて所有地
  が定まると、FENCE WAR が起こった」とあります。

  映画の背景が1882年のモンタナ地方に設定されているわけも、関連項目を見ると判りや
  すいでしょう。(有名な「OK牧場の決闘」の翌年の話ということになります。)

  FENCE WAR が 「有刺鉄線を使って農場を守ろうとする農民と、前と同様に放牧しようとす
  る牧畜業者との戦い。1880年台。=>BARBED WIRE.」とあり、更にそちらを見ると、
  「有刺鉄線。1873年にJOSEPH F. GLIDDEN が特許をとり、この発明が西部の農業開発に
  大いに役立った。木や石のない大平原で放牧されている TEXAS LONGHORN  牛が農地へはい
  りこむのを防ぎようがなかったが、有刺鉄線がその解決策となった。しかし、長期にわたっ
  て広野に牛を放牧し CATTLE DRIVE  をしてきた CATTLEMEN たちにとって、それははなは
  だしい権利の侵害だったので、農民たちとの争い(FENCE WAR)  がたえなかったが、やがて
  メキシコからカナダまでの広大な OPEN RANGE の終わる時代が来て、COWBOY  時代が終わる
  のだった。BOB WIRE, DEVIL'S WIRE とも呼ばれた」とあります。

   そして、直接的ではありませんが、「シェーン」の背景となっている「ジョンソン郡戦争」
  1892年に起こった大牧場主たちの小牧場主たちの紛争も「ワイルド・レンジ」と同様な
  背景を持った事件であったことです。1886年からの厳冬熱夏のために、牛が大量に死ん
  で、」牧畜業者が多数破産した事情があった、という「事後談」も知っておくと、この映画
  への理解、共感が深まると思います。

   ボスの酒場での「演説」の中の「生きることと財産を守る権利」で、ノルタル爺さんの指
  摘のとおり、(OPEN = FREEDOM)ということが重なっている事情が判りますね。


 
[2004年7月21日 1時28分41秒]

お名前: ノスタル爺   
遅ればせながら、やっと観ました。
>ワイアット・アープさん
 犬や馬に対する心配りに目がいくところは、ワイアット・アープさんらしいですね。(^^)
>フランチェスコさん
 奇をてらったところのない昔ながらの西部劇ですよね。
 政治的見方というのは、ブッシュのイラクに対する高圧的態度が牧場主のそれと類似
しているところかな……
>COLKIDさん
 アネット・ベニングって、東部出身の知性と、西部の土の匂いを併せ持ったような女性でしたね。
 西部劇向きの女優だと思います。
>放浪者さん
 『ワイルド・レンジ』の邦題は、私も頂けません。
 『オープン・レンジ』だと、インパクトが弱いと考え、『ワイルド・バンチ』ぐらいしか西部劇を
知らない人が考えたんじゃないでしょうか。
 “オープン・レンジ”は“公共の遊牧地”のことで、誰でも使用できたのですが、大牧場主が
独占的に使用していたんですよ。ガンマンを雇って、ボスたちのような遊牧カウボーイを、
家畜泥棒ときめつけて、彼らを処理していた史実が多くあります。
 “オープン・レンジ”は、この映画では“自由”の象徴として使われているので、原題の持つ
意味は大きいと思います。
>老レンジャーさん
 2時間弱ぐらいに収まれば、間延びのない理想的なものになったでしょうね。

でもって、私の感想は、皆さんと同じなのでパス。(^^;
[2004年7月20日 23時2分9秒]

お名前: 老レンジャー   
 なんだかんだで都合3回見ました。しかし、この頃とみにボケが酷く直ぐ忘れてしまいます。ケヴィ
ン・コスナーは乗馬が上手いなアとふと思ったのですが、次見た時はどこでそう感じたのか分かりませ
ん。それで、ワイアットアープさんの熱い文に啓発されて、忘れないうちに今思っている事を書かせて
戴こうと思います。未見の人がいるのに書き込みが具体的過ぎでしたら御容赦を。
 ロバート・デュバルとコスナーは個人の自由と独立のために闘います(デュバルの演説があるから私
でも分かる)。西部劇本来のフロンティア精神です。近年よくある復讐のためではありません。だから
復讐劇を盛り上げるための残酷描写がないのが嬉しい。
 西部劇最大の見せ場のガンファイトも決まっています。西部劇史上の1頁を飾るものではないでしょ
うか。決闘の場への行進、並んでのスタンディングファイト、馬越しの射合い、ファンニング等は「荒
野の決闘」をはじめ、一連のアープものでお馴染み。
 私が印象に残っているのはアネット・ベニングを盾にしたカウボーイの横へ建物を迂回して走るコス
ナーが狭い路地の奥から手前へ横走りに走ってくる場面のスピード感、人質越しに撃つ真っ直ぐ伸ばし
た腕を上下させながらの3連発(?)の迫力。昔のガンマンに戻ってアドレナリン全開の自分をベニン
グに見つめられてふと我に帰り恥ずかしさを見せるコスナーの表情。壁板越しのショットガンの一撃で
3m程ブッ飛ぶカウボーイと彼の脚のヒクヒクも凄い等々。
 砂漠の慈雨のように西部劇枯渇の今だから正味以上に評価しているだろうか。もし60年代に出現し
ていたらこれ程好評だっただろうか。二番煎じ、ええとこどりと云われなかっただろうか。
 西部劇として非常に分かりやすい。云い方を換えれば素人ぽい。ケヴィン・コスナー憧れの西部劇は
日本人が想うのと変りがない。ハリウッドも西部劇から遠くなっていると思わさられる。
 傍役を昔の俳優だったらと考えて見ました。強欲傲慢牧場主:マイケル・ガンボン→リー・J・コッ
ブもしくはジョン・マッキンタイア(顔も似ている)。厩舎の親父:マイケル・ジェッター→風貌から
はローハイドのウィッシュボーン(ポール・ブラインガー)、演技力ではウォルター・ブレナン、私の
好みではJ・C・フリッペン。雇われガンマン:キム・コ−ツ→ニヤニヤ笑いの腕自慢でウィリアム・
キャンベル等など。
 敢えて云わせて戴く私のマイナス点。やや長い。前夜の酒場やドクター宅の出たり入ったり等もう少
し整理出来なかったのかと思う。エピローグも長い。もう書き込みも長いので省略しますが最近の映画
の雨のシーンの多さも嫌いです。
[2004年7月20日 14時4分7秒]

お名前: 放浪者   
 久しぶりに劇場で「西部劇」を見ました。

 中年男の宿命と言うか、業病というか前立腺の関係か?膀胱の容量が限られて来たので、
 CM中断や自分の都合で「中断」できるビデオ鑑賞が習い性になって久しいのですが、
 少し体調が良くなったのか、2時間半程度は我慢ができるようになりました。という訳
 で、劇場に足を運び、ダラダラとした予告編を横目にトイレで時間を潰して、本編の上
 映を見計らって、全編を「快適に」楽しんできました。(もちろん、長ったらしいエン
 ド・クレジットが終わるや否や膀胱の「解放作業」に取り組みましたけどね。)

 冒頭、一見西部劇らしからぬ緑の山野を行くわずか4人の「オープン・レンジャー」と
 その牛たちの姿が美しく、なにかワイオミングを舞台にした「シェーン」の出だしを思
 わせました。「料理番?」の男が、なんとあの「ER」の気のいい受付なんで、一瞬、
 気を削がれかけましたが、丁寧な大平原を生活の場として過ごしていくつらさなどの情
 景描写に引き込まれていきました。

 いわゆる「カトル・ライダー」としてのカウ・ボーイたちではなく、遊牧民に近い「オー
 プン・レンジ・メン」が主人公という作品は意外に思い当たりませんね。

 1882年という時代設定が、どんな意味を持つのかは、しばらく考えるとして、終盤
 の激しい銃撃戦にも係わらず、意外と静かな静かな印象を受けたフォード・タッチの西
 部劇の佳作でした。西部劇そのものが、少なくなった現在、傑作と呼ぶまでになるには
 まだ「熟香」の時間がいる感じです。でも、映画館で見るべき作品のひとつであること
 に疑問の余地はありません。

 最後に苦言をひとつ。タイトルの「ワイルド・レンジーー最後の銃撃戦」は無いでしょ
 う。全然、内容が判らない。「オ−プン・レンジ」でも適切な訳は付けられませんが、
 何かいい題名を考えろといいたくもなります。
[2004年7月19日 1時49分59秒]

お名前: COLKID    URL
「ワイルド・レンジ」は久々に西部劇ならではの満足感を得られた申し分のない作品でした。
見た直後に感じたことは、この作品を何とかして家の父母にも見せてやりたい、ということでした。なぜなら、西部劇で育った世代の人たちが、西部劇に期待しているもっとも重要なものが、この映画の中に復活していたからです。それはとうの昔に忘れ去られてしまったものでもあります。

この映画の登場人物は、男の中の男と、女の中の女です。彼らは寡黙ながら、それぞれの過去を背負って必死に生きています。私達は彼らの生き方に魅せられると同時に、絶体絶命の彼らに何とかして「明日」を与えてやりたいと願います。
実はこの映画のラストシーンに、西部劇に慣れていない私の妻は、多少の違和感を感じたそうです。しかし、これこそが西部劇なのです。こういう映画が見たかったのです。

主人公の三人の演技はどれもすばらしいものでしたが、個人的にはアネット・ベニングが最高でした。チャーリーの告白を待つドギマギした時の微妙な表情、そして満面の笑み。特に西部劇において、あれほど劇的なキスシーンを見たのは久しぶりと感じたのは、感情移入のしすぎでしょうか?

ところで詳しくは皆さんにおまかせするとして、私はフォードの傑作「荒野の決闘」との類似性について触れておきたいと思います。というよりこれは明らかに「荒野の決闘」を意識して作られた作品だと思います。ストーリーを要約すれば「荒野の決闘」そのままになりますし、いくつかのシーンは「荒野の決闘」を強く想起させます。特にチャーリーのファニングのアップのシーンは、かのワード・ボンドの有名なシーンを思い起こさずにはいられませんでした。
[2004年7月18日 15時27分26秒]

お名前: フランチェスコ   
7月3日,この日を楽しみに待っていました。小規模ではありますが,1年越しの公開。
何よりも西部劇としてヘラルドさんが宣伝してくれたことが嬉しかった。初日,1回目の
劇場(新宿地区)はほぼ満員,9割が男性客であったろうか。上映前の場内ではサントラ
らしき音楽が流れ,雰囲気は盛り上がります。雄大なオープニングから,最後までご機嫌
でした。エンドクレジットが終わるや拍手したのですが,誰も続いてはくれず,さびしか
った。そんなに不評なのかと思って,こちらのBBSやヤフーの書き込みを拝見したところ,
すこぶる好評なのに,意外です。作品は,一言で言うと,優しい西部劇でした。セリフも
良かった。私は好きです。『西部劇通信』が縁の仲間たちも満足していたようです。政治
的な見方も可能でしょうが,今はやめておきましょう。エピローグはもう少し短くても良
かったかな。上映中にもう一度出かけるつもりです,できれば家族を連れて。文字では伝
わりませんが,いい西部劇でした(しみじみと言ったつもり)。

当初書き込み[2004年7月11日 13時23分49秒]・・・転載byGOGH
[2004年7月15日 0時26分57秒]

お名前: ワイアットアープ   
まず、素晴らしい「あたりまえではあるのですが」西部の自然・風景を持っている映画です。実際にはモンタ
ナではなく、カナダで撮られているとの事なのですが。牛を追う、緑の草原、遠くそびえる山並み、青い空に
白い雲、草原に鳴り響く雷、一時の雷雨で濁流と泥沼と化す開拓地の道路、なぜ、開拓地の町並みには1階
にサンデッキ?があるの?という疑問にも、おのずと回答が出てきます。
 そんな当時の生活、時代背景を踏まえて、西部劇の永遠のテーマでもある、暴力が描かれます。暴力を否定
するだけのドラマでもなければ、また単に肯定もしません。イーストウッドの〔許されざるもの〕よりも、さ
らに実在感あふれる人物たちが登場し、当時の西部に生きた人間たちの暴力性と素朴で自由な心の動きを追
っていきます.デュバル扮する「ボス」は〔生命と自分の財産を守る権利は持っている〕と、きっぱりと言
い放ち、長年西部の荒野を生き抜いた経験豊富な荒くれ男の風格を見せ付けます。
 昔から西部劇に見られた、朴訥とした愛情表現、チャーリー(コスナー)とスー(ベニング)に心奪われ
ます。ここにも西部劇映画を見ていると言う安心感のようなものを感じとることができました。(クレメン
タインとアープのような)。そういったものを見せながら、ラスト20分にも及ぶ決闘へと突入していきま
す。なぜこんなに長く銃撃を描かなければならないのか?決闘中の、ガンマン、牧童、町民たちの、心の動き
がリアリズムとしてこの銃撃戦の中に描きこまれています。コスナ−の演技、演出がさえわたります。
殺人者であるチャーリーは古い西部劇であれば、ヒーロー。現代社会から見れば〔許されざる者たち〕なの
です。ボスに拾われる10年前、チャーリーは時々悪夢を見るほどの、ガンマンであったことを匂わせます。
お互いに過去のことは何も知らない決闘直前に名前を教えあう。この名前にも、懐かしい西部劇の匂いがぷ
んぷんします。イーストウッド好みの暗いトーンと違って、ワイルドレンジは、見た余韻はすがすがしさを
感じさせます。COLKIDさん同様、私もいまだに余韻が消えません.この〔許されざる者たち〕は、デ
ュバル扮する「ボス・スピアマン」の人物像・風格に救われたと思います。この男たちに未来を与えていま
す。イーストウッドの〔許されざる者〕は、暴力否定・英雄否定から、西部劇否定映画、西部劇にささげる
レクイエム、と捕らえがちになりますが、〔ワイルドレンジ〕は、新しい西部男の描き方として、西部に生きた
ヒーロー・ヒローインたちへの夢が私の中で広がっていきます。スピアマンも、チャーリーも、モーズも、心
やさしい西部男たちです。動物・犬や馬に対しても、心配りがされていることも私がこの映画が好きになれ
る一要素です。
[2004年7月6日 2時11分53秒]

※この作品についての発言をどうぞ。
氏名
E-mail URL

半角カナは文字化けします。  ※自動改行ではないのでご自分で改行してください。

作品名リストに戻る