作品名: 三人の名付け親 -


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お名前: ママデューク   
出足からウイントン・ホーグの目のさめる様なカラー撮影が冴えわたります。
この映画のポイントは水ですね。三人が駅までいくと、ワード・ボンドのレインジャー達が先まわりしていて、
そのなかの隊員に扮するクリフ・ライオンズが給水搭からなみなみと水を汲み美味しそうに飲むのが印象的でした。
そういえば、タイトル・バックのハリー・ケリーを演じたのも彼ですね。
[2008年2月13日 18時56分44秒]

お名前: ウエイン命   
私がフォード映画を観ていて最もフォードを感じる、あるいは所謂フォードタッチの醍醐味を堪能す
る瞬間、それは馬の疾走シーンに出会ったときなんです。単にスピードだけなら他の監督の撮った西
部劇にもフォード以上のものが沢山あります。たとえば先日、本サイトのご意見を読んで、これまで
ずっと「つんどく(?)」になっていた「掠奪の町」のビデオを引っ張り出して観たんですが、G・
フォードとW・ホールデンが草原を走るシーンなどそのモノ凄いスピードにビックリでした。
しかし、「駅馬車」以降「騎兵隊三部作」等で観たフォードのそれは、単に速いと云うだけではなく
独特の爽快感(どうしても的確な表現が見つからないんですが…)に溢れています。「人馬一体」と
云う言葉がありますが、更に、砂漠の砂も、石も、遠くの岩山も、空も、雲も、そして空気にいたる
まで、画面の中に存在するあらゆるものが馬と同化して動いているように見えます。それはまさに誰
にも真似の出来ないフォードが創り出した独自の映像世界。
我が黒澤がフォードの大ファンだったことはよく知られていますが、彼は、山本嘉次郎監督の「馬」
と云う映画の助監督(と云うより殆ど黒澤が撮ったんですけど)をやって以来、馬の描き方には強い
関心を抱いていたので、「あの馬の走るシーンはどうやって撮るのか」とフォードに直接質問したこ
とがあります。するとフォードは、ニヤッと笑って指2本をちょうどVサインのように立てて見せた
そうです。1秒を20コマで撮ると云う意味です。今では誰でも知ってることですが、当時は黒澤でさ
え考え付かなかったんですネ。1秒24コマで普通速ですから、実際のスピードの2割増し速く見える
と云うことになりますか。ただ、恐らくこの削るコマ数が大事で、これ以上だとサイレント時代のよ
うに不自然な動きになってしまうし、以下だと効果がないと云うことなんでしょうネ。
この映画のビデオで最もよく観るのが、云うまでもなく砂漠に逃げ込むウェイン等3人をW・ボンド
保安官達が追跡するシーンです。何度観てもその度に目がテン、画面に釘付けになってしまいます
ネ。素晴らしいの一言です。
「詩情溢れる」がフォード映画の定冠詞ですが、その詩情を最も強く感じさせてくれる、それが馬の
疾走シーンなんです、私には。
[2006年7月17日 8時44分9秒]

お名前: Masa   
 この作品、私が初めて観たときのTV放映タイトルが“荒野の逃亡者”だったので、しばらく
そう思っていたのを思い出します(NET、今のテレ朝は、よくそういうのがありましたよね。A・ラッドの“赤いベレー”も“特攻パラシュート奇襲隊”だったし“雷撃命令”も“生き残った二人”
も別のタイトルだったと記憶しています)。
 派手な撃ち合いなど無縁の西部劇ですが、子供心に深く残りました。フォードの人情劇って、いいですよね。“果てなき船路”とか“太陽は光り輝く”とか・・・。女房、子供のいない独りの夜
にビデオで何となく観返してしまいます。
 幸運にも劇場で観ることができたのですが(もう二十年も前ですが・・)、当時私は学生でクラスの女の子を誘ったら、“いまどき西部劇なんて”と、断られて、ガラガラの映画館で一人で観た
のも懐かしく思い出します。
[2006年5月21日 17時36分27秒]

お名前: TH   
「三人の名付け親」の赤ちゃんは何故女の子?
それはネ 男の赤ちゃんはすぐに泣いて、撮影作業がはかどらない。
それで女の赤ちゃんにした。
[2006年4月19日 8時8分32秒]

お名前: クインキャノン   
上州のご隠居、

 拙文について過分のお言葉、痛み入りやす。ご説明頂いて、'49年版「テキサス決死隊」にゃ古
謡の「ラレドの通り」は登場しなかったってことがようく分かりやした。まあ、考えてみりゃ、メ
キシコの山賊のアルフォンゾ・ベドヤがアメリカ民謡を歌うってのはおかしいじゃねえか、って思
わなきゃいけなかったんでござんすね。「三人の名付け親」だって、ハリー・ケリー・Jrが歌う
からいいんで、アルメンダリスに歌わせたらギャグになっちまいまさあ。

 「三人の名付け親」じゃあ、野郎どもが覚悟を決めて、赤ん坊を連れて幌馬車を離れてからの場
面で、人けのねえ幌馬車に砂漠の砂を含んだ強風が吹き付けて、幌の片側が車体から離れてばたば
たはためいて、骨組みが見えて、幌馬車はじきに残骸になっちまうだろうって寂寥感が漂ってたけ
ど、後から保安官一行がそこへ辿り着いた時にゃ、幌はまたしっかり張り直してあったように見え
ましたぜ。これもフォード・マジックでござんすかねえ。
[2005年10月17日 23時25分43秒]

お名前: 上州の隠居   
クインキャノン軍曹殿 素敵なコメントの数々 何時も楽しんでます。1)の「スツリート オブ ラレド」ですが、
49年版「テキサス決死隊」でキャリコが奪ったギターで唄うのは題は知りませんがスペイン語のメキシコの唄のよう
で、Cowboy'Lamentではありません。若き日にフアンだったチヤック ワゴン ボーイズ(唄が黒田美治)のリーダー
だった曽我部博士氏の本だそうなので、気がひけますが、Cowboy'sLamentは好きな唄でパール・アイビスのレコードも
買いました。ただ映画のなかのバック音楽として使ってます。キャリコに傷を負わされた隊員をジムが見つける処や
ラストで画面が引きエンドマークがでるシーンで キャストの場麺になると新曲になります。
ジュニファー・ロペス
の「ウエディング プランナー」の中で唄好きの老夫婦が馬の上で「RedRiverValley]と「cowboy
'sLament]を唄う微笑ましいシーンがありました。
[2005年10月17日 14時49分52秒]

お名前: クインキャノン   
1.ハリー・ケリー・Jrの歌った「故郷の子守歌」は '49年版「テキサス決死隊」に使われたか?

 あっしゃあ「テキサス決死隊」はキング・ヴィダー版を見たもんだから、同じような話をまた見るこ
ともあるめえってんで '49年版は見ていねえ。今にして思えば何でも手当たり次第に見ておくんだっ
たねえ。だからこの件についちゃあ、文献資料を紹介させて頂くぜ。今、曽我部博士さんて方の編んだ
西部映画主題歌集ってえ、ボロボロになった30頁ばかりの冊子を見てんだけど、曽我部さんはこう書
いてるねえ。

「レインジャーに取り囲まれながらディック・フートが歌う(映画と)同名の歌は、この映画の為に
”ボタンとリボン”の歌曲コンビ、レイ・エヴァンスとジェイ・リヴィングストンの手になったもの。
なお、ディック・フート扮する警備隊員パイプスを殺したメキシコ系の悪漢チャーレイ・キャリコ(ア
ルフォンゾ・ベドヤ)が自宅のソファでひとりギターを弾きながら歌ったのがこの曲である」
(末尾の「この曲」とはハリー・ケリー・Jrが歌ったほう)

これで見ると、「テキサス決死隊」では、新作曲のほか、原題名と同じ伝統歌謡の「ラレドの通り(カ
ウボーイの嘆き)」が、一応は歌われたようだね。
だけど「自宅のソファで」ってのはいかにも小市民的で、メキシコの悪漢にゃあ合わないね。「てめえ
の小屋のベンチで」ってでも書いてありゃあそれらしいんだけど。でも、実際の映画のシーンの描写と
しちゃあ曽我部さんが正しいのかも知れねえし、やっぱりリメーク版「テキサス決死隊」、見ておくべ
きだったね。

2.「三人の名付け親」のお気に入りシーン

どうもあっしは、いつも詰まらねえとこが気に入るたちなんで、この映画でよく覚えてるのは三人が幌
馬車の中にいて、ペドロ・アルメンダリスがデュークに短銃を向けるとこだね。水はなくなるし、赤ん
坊はいるし、母親には死なれるしで、三人とも気が立ってて、デュークとペドロが先の見通しのことで
口論して、ペドロが短銃突きつけるんだよ。ところが騒ぎに驚いて赤ん坊が泣き出したもんだから、
ペドロが慌ててガラガラを掴んで赤ん坊をあやすんだね。ひげ面で強面のメキシコの山賊が右手に短銃、
左手にガラガラ持って振ってるのが可笑しかったね。それにしても、アリゾナってのはクリスマスでも
あんなに日照りなのかねえ。

3.赤ん坊役者の謎

赤ん坊を取り上げたのは確かペドロだけど、彼は「男の子が生まれた」って言ってたし、だから赤ちゃ
んはロバート・ウィリアム・ペドロ・ハイタワーって大層な名前を付けて貰ったんだよね。じゃ、何だっ
てフォード監督は赤ちゃん役に女優さん?を当てたんだろう。

 あっしの解釈その1

  建前は脚本や台詞通り男の赤ちゃんなんだけど、女の赤ちゃんを使って、「観客をかついでやった」
  ってフォードが悦に入ってるってこと。クリスマスの季節なんで、四月馬鹿じゃないんだけどね。

 あっしの解釈その2

  生まれたのは本当は女の子なんで、観客にはそのことを赤ん坊にグリースを塗る場面で教えてある
  んだけど、劇中の3人は赤ん坊のことなんて分からねえ野郎どもだから、勝手に男の子だって思い
  込んだってこと。だから、スクリーンには見えてない場所で、ワード・ボンド夫妻が「あいつら俺
  たちの孫娘に男名前をいっぱい付けやがった」ってぼやいてるとこを、観客は想像しなくちゃなら
  ないってこと。

他にも解釈が可能なのかも知れないね。映画ができて何十年も経って、まだあっしらを悩ますんだから、
ジャック親父も人が悪いよ。
[2005年10月1日 23時1分15秒]

お名前: ノスタル爺   
昔の映画雑誌を見ていたら、ハリー・ケリー主演のものは、大正6年にも浅草で『三人男』と
『教えの導き』と別々の題名で同じものが二館で封切られたそうです。
当時の邦題は、どれが正しいのかわかりませんね。
ところで、原作はピーター・B・ケインの小説で、映画化される以前に舞台で上演されていた
そうです。
[2005年1月7日 20時12分52秒]

お名前: KOJI   
「ジョン・フォードの旗の下に」ハリー・ケリー・ジュニア著を読みました。
ここには、「恵みの光」のラストで主人公は町に着くと同時に死ぬと書いてあり、
Jr,もウェインもそちらのラストの方が好きだ、という記述があります。
キネマ旬報データベースの記述と異なりますね。
でも「恵みの光」というタイトルからいっても「最後に信仰生活に入る」というのは、
自然な感じがします。
Jr.とウェインは「第一作」と「恵みの光」を混同している可能性はあるような気がします。
いよいよもってわからん(^_^;
[2004年12月17日 6時14分37秒]

お名前: ノスタル爺   
>KOJIさん
 南部圭之助さんの「男優の世界」は、氏の記憶で書かれているので、間違いも結構あります。
 カキコする前に調べればよかったのですが、面倒くさくて……(^^;
 悪い料簡ですが、KOJIさんが調べてくれるだろうと思っていましたよ。(^^)
 ただ、リアルタイムで観た人の話って貴重ですよね。
 西部劇に関しては私も若輩でして、『三人の名付親』も映画館で観ておらず、
 テレビの映画劇場が最初なんですから。
[2004年12月7日 9時39分34秒]

お名前: KOJI   
続けて投稿失礼します。
今、調べてて、IMDBの英語版に"The Three Godfathers(1916)"発見しました!
これによると、監督は、Edward Le Saint(エドワード・ルサン)となってます。
ハリー・ケリーの役名は、Bob Sangsterです。(<これ、'30版'36版と同名ですね。
きっとピーターBカインの原作小説の主人公名なんでしょう、あくまで推測ですが)

やっぱりここまで古い映画だといろいろ情報が錯綜しますね。
[2004年12月6日 20時52分11秒]

お名前: KOJI   
おお、ノスタル爺様からお返事がいただけるとは!
私はガキのころからの丹下左膳ファンなんで、HPを拝見したときには熱狂いたしました!
中部地区限定なのかわからないですけど、バブルの頃「アリさんマークの引越社」のTVCMで、
伊藤大輔の新版大岡政談のフィルムが流れるのがありましたよね?<訊きたかった(^_^;

閑話休題
そうですか!五度目の映画化なんですね!
最初の作品は、キネマ旬報のDBの「恵みの光」のところに「三人教父」として
ちらっとでてくるんですが、これは「三人男」が正しいんでしょうか?
『地獄への挑戦』は、DBにものってないですね。
うーん、調べてみます。

若い頃のハリー・ケリーの映画が見たい(;_;)
[2004年12月6日 20時4分30秒]

お名前: ノスタル爺   
>KOJIさん
 『三人の名付親』の最初の映画化である『三人男=三人教父』は、
南部圭之助さんの「男優の世界」によると、ハリー・ケリーの監督・主演だったそうです。
それから1936年に『地獄への挑戦』というリメイク版があります。
監督がリチャード・ボレスラブスキーで、主演がチェスター・モリス(役名はボップ)です。
他の二人は、ルイス・ストーンにウォルター・ブレナン。
『三人の名付親』は、五度目の映画化で〜す。
[2004年12月6日 10時18分14秒]

お名前: KOJI   
フォードの「三人の名付親」は4度目の映画化とのことで、
じゃぁ、前の3作もみてみたいと思うんですが、これがあまり情報がない
わかっているのは…
(ストーリーに言及してます<一応ことわって(^_^;)




「三人教父」
大正五年(1916)秋日本公開、監督不明、主演ハリイ・ケイレイ、役名不明

ハリー・ケリーの出世作らしい。ジャック・フォードだったジョン・フォード監督が
ハリー・ケリーと組んだのは、1916か1917ぐらいかららしいので、
もしかしてジョン・フォード監督作品なのかも?
でも、フォード監督リストには載ってないんですよね。

「恵みの光」
1919年 ジャック(ジョン)・フォード監督、主演ハリー・ケリー 役名シャイアン・ハリー

ハリー・ケリーとジョン・フォードのコンビの最後の作品。
冒頭が、列車強盗の嫌疑で投獄>脱走>酒場の女給との出逢い、という流れになっているとか
最後、生き残ったシャイアン・ハリーは酒場の女給と共に信仰の生活に入るというラストに
なっているらしい。
「コンビ解消」という背景から推測すると、
シャイアン・ハリーシリーズの幕引きに、出世作の「三人教父」のストーリーを使って
最期を飾る、という意図があったのではないのかな?
多分冒頭が「無実の罪」になっているのも、シャイアン・ハリーシリーズだからだと推測します。
現存するシャイアン・ハリーシリーズは「誉の名手」と「鄙より都会へ」の二本のみとか、
…と、いうことは「恵みの光」は一生見れないんだね…(T^T)

「砂漠の生霊」(トーキー!)
1930年 ウィリアム・ワイラー監督、チャールズ・ビッグフォード主演、役名ボッブ・サングスター

冒頭の銀行強盗。4人で襲ってその場で一人死に相手を一人撃ち殺します。
砂漠で出会う妊婦はそのとき射殺した相手の奥さんです。
赤ん坊を預けられた時、主人公は、「打っちゃっとけ」と反対します。
最後は、町の近くで力尽きた主人公は最後の活力をつけるために、
毒水の泉だと知っているのにあえてその泉の水を飲み、
クリスマスの夜の教会に倒れこむようにたどりつき、
赤子を届けると共に毒のため死ぬというラストらしいです。

誰か、これ以上の情報があったら教えてください。
[2004年12月5日 10時47分52秒]

お名前: Old Cowhand   
フオードの世界に浸る幸せ! ハリー ケリーjrの”フオードの旗の下で”を読むと もう一回楽しめる。故郷の子守唄と言って唄う”カウボウイ ラメント”が素晴らしい。(「月下の銃声」
でロバート ミッチヤムも唄っていた) ”ラレドの通り”とも呼ばれていて W・ホールデンの「テキサス決死隊」にも使われていると書いたのを読んだことがあるが こちらはこの為の新作曲
映画の原題が”ラレドの通り”なので 間違えてのだろう。当時の西部劇狂の集まりのテーマ曲として バール・アイビス のレコードを聞いていた。それからもう半世紀。まだ多くの西部劇フアンで このサイトが賑わっているのが 何より嬉しい!
[2004年3月8日 14時4分20秒]

お名前: 靜山子    URL
ワード・ボンド様私は進駐軍は田舎でしたので月一回ジープが
やって来ていました。当時日本車は木炭車のトラック、バスで
したのでジープのガソリンの排気ガスの匂いを嗅ぎに後ろを走
りました。危ない子供だったのですねえ、その当時徳島市で兄
と見た「ホンドー」が私の初めての西部劇でした。
[2001年9月16日 17時58分15秒]

お名前: ワード・ボンド   
靜山子さん、始めまして!自称ワード・ボンドと申します。
以前どこかの掲示板でお会いしてましたか?そうでしたらご無礼お許しください。
久し振りに我が家に帰ってきた気分です。この映画は私が西部劇にのめり込むこと
になったきっかけとなった作品です。初めて公開された時、小学1年か2年生でし
たが、近所に多くの進駐軍の兵隊さん達が住んでいました。肌の色や眼の色の違い
強烈なオーデコロン(当時はオーデコロンとは知りませんでしたが…)の香りなど
に馴染めず、火星人でも見るような感じで眺めていたものです。でもこの映画を見
てから「あゝ、アメリカ人も日本人と同じような感情があるんだ!」と初めて気付
いたことを憶えています。
ぜひ、この映画をもう一度、大スクリーンで観たいと思っています。
ホームページ拝見しました。「Take5」がお好きなんですね!
[2001年9月5日 13時11分19秒]

お名前: 靜山子    URL
この映画も過去2度は見ていると思います。今回みてジョン・フォード監督の
人柄がその他の映画でもそうですが大変よくでていると思います。しかしフォ
ード一家の俳優さん達はいいですねえ。ワード・ボンドいいですねえ。「私の
名はジョン・フォード西部劇を作っている」この言葉がみにしみます。映画の
中の亡くなった二人の西部男の冥福を心よりお祈りいたします。
[2001年9月5日 8時39分19秒]

お名前: ワード・ボンド   
ボラチョンさん、同感です!「リオ・ブラボー」のワード・ボンドは、「幌馬車隊」の
アダムス隊長そのまんまのキャラクターで登場しましたので、「荒野の決闘」や「捜索
者」のようにガンファイトでも活躍するのかと期待しましたが、あっさり消えてしまい
少しガッカリしました。恐らくフォード映画だったら、最後の銃撃戦のシーンでもウォ
ルター・ブレナン以上に活躍したのではないかと思ったりしたものです。
この「三人の名付親」でもそうですが、フォード映画を始め、多くの出演作品のなかで
ワード・ボンドが出てくると、なぜかホッとしたものです。57歳の若さで亡くなった
のが残念です。
[2000年11月24日 11時35分58秒]

お名前: ボラチョン   
ワード・ボンドさん、ありがとう。このところ忙しく、のぞけなかったので、失礼しました。
ワード・ボンドといえば「荒野の決闘」でのファンニング。あれにはまって、大切なコルト45で
真似したものです(空撃ちは撃鉄が摩耗するので極力控えていたけど)。左手小指下が切れたの
も思い出です。
「リオ・ブラボー」でも、おなじみ幌馬車隊の隊長で登場、ボラチョンの変わり様に驚き、リッ
ク・ネルソンを紹介したと思ったら、闇討ちで退場。チャンスのライフルと一緒に、ダイナマイ
トをファンニングで爆発させてもらいたかった……となると、一発必中でなくなるので、射撃下
手といわれるかな。
もうすぐクリスマス。「三人の名付け親」のビデオを出すことにします。
[2000年11月23日 9時11分7秒]

お名前: ワード・ボンド   
ボラチョンさん、初めまして!自称ワード・ボンドです。
「三人の名付け親」のファンがいらっしゃることを知り、嬉しい限りです。
私にとっての西部劇の原点はこの作品です。日本初公開の時、小学校の
低学年でしたが、強烈な印象で焼き付いています。従って、私の中では、
ヒューマニズムが感じられなければ西部劇ではないと思っています。
ワード・ボンドが大好きになったのも、この映画がきっかけでした。
ペドロ・アルメンダリスはメキシコの大スターだったそうですが、フォード
映画ではいつもいい味を出していましたね。その後、「007」で見かけた
時、今いち精彩を欠いていたような気がしたことを憶えています。
[2000年10月30日 17時12分50秒]

お名前: ボラチョン   
わし、52歳。西部劇フリークです。JWのしゃしん(この場合、映画のこと)は50年代からリアルタイムで観てきたのが、ささやかな自慢。「三人の名付け親」は、わが家では12月に観るビデオの定番であります。私はキリスト者ではありませんが、生命を大事にする、新たな命は我が身を代えても守るという男たちの生き方に感銘を受けたものです。人口が少ない開拓時代に題を求め、しかも信仰をさりげなく盛り込むという米国映画らではの作品と思います。でもね、砂漠に逃げ込んでから、あの妊婦と出会ってからの三人の強盗たちの行動は、子を持って尚更感銘を受けたものです。幼きころよりビデオ鑑賞につき合わした、愚息や娘(計3人)も20代となりましたが、心優しきものに育ったのは「三人の名付け親」の影響もあるかと思います。
「捜索者」や「コマンチェロ」「マクリントック」「騎兵隊三部作」「アラモ」「リバティバランス……」「リオ・ブラボー」なんぞ、各作品リストで書き込みます。
いま、「アラモ」のサウンドトラックを聞きながら書き込んでます。
PS ハリーケリー・ジュニアとともに出ていたペドロ・アルメンダリス(だった、と思う)はあの「007 ロシアより愛を込めて」で、ボンドの射撃に肩を貸したボンドの同僚を演じてました、その後自死しちゃったと記憶してます。
では。
[2000年10月28日 23時21分31秒]

お名前: ノスタル爺    URL
 この映画は「ハリー・ケリーの想い出に捧ぐ」という字幕ではじまります。
 それは1919年の『恵の光』のリメークだからです。
 初期の作品中、ジョン・フォードが最も気に入っている作品で、フオードとハリー・ケリを有名に
した“シャイアン・ハリー”シリーズのひとつでもあるからです。
 リメークにあたっては、この映画でハリー・ケリー・ジュニアがデビューしました。ジュニアの方
は大成しませんでしたが……。
 射ち合いのない西部劇ですが、ジョン・フォードならではの映像美と人情味がとけあった心暖
まる物語になっています。
 西部劇というより、キリスト教劇といってもいいかもしれませんね。
 砂漠を行く三人は、エルサレムへむかう三人の賢者のような気がしますよ。
 神の使いのようなロバに救われるのもキリスト教的。町にたどりついたら、ちょうどクリスマス
の夜で、「聖夜」が流れてました。
[2000年4月28日 23時17分15秒]

※この作品についての発言をどうぞ。
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