解説/日野康− (ビデオ解説書より) 日本初公開は1956年9月15日
●山岳映画の魅惑と難しさ
雲海にそびえるアルプスの山々に細く突き出すペンシル状の岩峰。山岳映画の魅力はまず大自然の壮観とロケーション効果にある。山の男たちは烈風や氷雪と闘い、目もくらむ断崖絶壁のすき問や、直角にそそり立つ岩肌にピトンを打ち込み、あえぎつつ登ってゆく。
山岳映画作りをはばむハンディは運搬と気象条件にある。2000〜3000メートル級の氷壁や氷河に撮影機材をかつぎあげ、固定して撮影し、撤去するのは気が遠くなる大仕事だ。空気は希薄、絶壁には静かな日でも烈風が吹き上げ、吹き下ろす。氷点下の厳寒ではバッテリーの能力が低下し、フイルム凍結に対応する処置も必要になる。
「山」はフランス・アルプスのシャモニーに撮影隊の本拠をもうけ、モンブラン周辺で撮った。撮影監督はドイツ系のフランツ・プラナー。“映画のハイファイ"純正ビスタビジョン(1960年に製作終了)カメラは通常の35ミリ映画カメラよりかなり大きくて重い。当時のヘリコブターは赤ちやん時代で山に近づくことができず、今日でも強風が吹きすさぶ絶壁に接近することは危険きわまりない。
●「山」の兄と弟
フランスの人気作家アンリ・トロウイアの「喪の銀嶺」の映画化。人間味と年のへだたった兄弟の性格を鮮やかに描き出す。
インドの旅客機がアルプスに墜落する。3700メートルの頂上のすぐ下、生存者はいない模様。52歳になるザカリー(スペンサー・トレーシー)は親の代から名ガイドとして知られた男、あの峰の初登頂者だ。瀕死の重傷を負う事故を2度も起こして山をあきらめ、羊飼いに甘んじ、息子ほど年齢がちがう弟クリス(50年代のハンサム・スター、ロバート・ワグナー)の面倒を見るのを唯一の生きがいにしている。
旅客機の郵便物だけでも収容しようと出発した救援隊はガイドが氷河の割れ目に落ちて死に、引き返してきた。厳冬を前にした11月は老練な登山家にも難物である。
弟は山の仕事を嫌い、町に出てひともうけしようともくろんでいた。彼はとんでもないことを言い出す。「ふたりで墜落現場に行き、遺体の持ち物をちょうだいしよう」。兄は「死者の持ち物を盗むとはとんでもない罪だ」と拒否する一方、弟のよろこぶことなら何でもしてやりたい気持ちと板ばさみになり、気は進まないが承知させられてしまう。
ザイル、ピッケル、アイゼンを手に、ひとたび登り出すと兄は恥ずべき目的は忘れ、登山家の情熱がよみがえる。横暴で気の強い弟と、弟の言いなりになっていた兄の立場は山を登る過程で逆転する。兄は恐怖と疲れに悲鳴をあげて弱音を吐く弟をはげまし、クリフハンガー状態をきりぬけて頂上へ引きあげる。兄は墜落現場に駆けつけて金品や財布を抜き取る弟のあさましい姿に目をおおう。
機体の中にインド人の若い女性(マ一口ン・ブランド夫人だったインド女優アンナ・カシュフイ)が生存していた。兄は機体の破片でソリを作り、女をくくりつけて山をおろそうとする。弟は女を助ければ悪事がバレるので猛反対する。兄は弟の根性に愛想をつかわし、ソリを引いて別のルートを氷河へ向かう。このルートは弟ひとりでおりられない。振り向きもしない兄には、罪深い弟がクレバスに落ちた悲鳴も風の音にしか聞こえない。兄は弟を氷の山に置き去りにする。
トップとラストにパラマウントの山のマークが出る。パラマウントとは最高峰の意味、マークの背景はアメリカの最高峰、アラスカのマッキンレー山である。 |