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△川は流れる さて、深山(国立公園である山岳地帯のこと)にあるO湖から 発するO川は、花崗岩系の清流で、極めて澄んでいた。 辺り一帯は、ブナの原生林である。 当然にして、そこに生息するイワナは、ことのほか美しかった。 休日には、幼い子供達を連れて、水浴びに行くこともあった。 私共の住んでいる最終の集落から、深山への登山道口までのアプローチ − 林道の距離 − は、とにかく長い。 集落には、民宿まがいの旅館はあるが、登山客の多くは、深山の反対側から、 こちらの集落へと下ってくる。深山からO湖を経て、一旦O川へ下り、 それからまた峰を越えて、再びO川へ出て、O川沿いを走っている林道を下って くるのであった。 若い学生風の連中は、自分より大きいリュックを背負って、炎天下の林道を、 − あたかも、これからの長い鬱陶しい人生航路を予見するかのように − まだかまだかと、フウフウ言いながら……。 そのようなパーティーの中には、女学生達が混じっていることもある。 たまたま自分の運転する山用の軽自動車が空車のときは、男子だけを置き去りにして、 女学生と荷物をバス停のある旅館まで運んでやるのであった。 このO川は、雪解け水や大雨で荒れることが多いので、所々に砂防ダムがある。 ダムの滝壺には、カジカも沢山生息していた。 夏になると、カジカ捕りが面白い。 小型のガラス箱を覗くと、限りなく透明な清流が広がっている。 川底の小石を足で除けると、可愛いカジカ達がうようよいるのである。 釣竿位の太さの、1.5〜2mほどの棒の先に取り付けた直径数pの小網で、 すくい捕るのであった。 軽自動車には常時、釣り道具が載っていた。休憩時にはイワナ釣り……?♪。 それでもあきたらず、たまには日本海沿岸へも、海釣りに行くこともあった。 O川の流水は、ここ最終の集落を通って、巨大な砂防兼発電ダムへと吸い込まれる。 このダム湖では、コイがよく釣れる。 二年を経過したある昼下がり、県道脇に軽自動車をとめてコイ釣りを楽しんでいた。 事務所へわざわざやってきた上司が、その晩に電話で言うには、 「折角人事異動の内示を伝えに行ったのに、山へ出かけていたようだったね。県道脇に 君の軽自動車が見えていたから……」。 |