GLN 宗教を読む

聖書の起源

◆モーセ十戒の意味するもの
 モーセ十戒は、イスラエル民族、十二部族のこうした選択意志の鮮明な表現であった。 この十の戒律は、本来、禁止命令ではなく、事実の認定に近い「断言的形式」 の律法であったという。 たとえば第一戒の「あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない」は、 ヘブライ語の語法に即して直訳すると、「あなたにとって、わたしのほかに他の神々はないだろう。 あるはずがない」となる。
 同様にに、「あなたは盗んではならない」は、「あなたは盗むことはないだろう。 盗むはずがない」と訳される。 要するに、神の恵みが絶大であるから、シャーロームが確保されていることを、 事実として認定することに、関心がそそがれている。 逆に禁止命令としての「わたし以外の神をおがんではいけない」には、 現実におがんでいる、あるいは将来、おがむかもしれない可能性が前提とされている。
 
 禁止命令の場合、選択意志は後退し、反対に背反行為への衝動が、頭をもたげている。 禁止命令は、そうした衝動の抑圧にむかって効力を発揮する。 十戒精神が、背反行為の衝動の抑圧ではなく、 強い選択意志の表現によって裏打ちされていることを、ここで確認しておく必要がある。  
 シナイ山の伝承は、こうした原理が、モーセの時代に、すでに確認されたことを伝えている。 否、正確な表現をすれば、モーセ以後の時代にはじめて確認されたものが、 出エジプト記の作者によって、民族誕生の始源にさかのぼって、基礎づけられたとみるべきなのである。 伝承には、歴史のおもてを歩みはじめた民族の決意がうつしだされている。
 それは、イスラエルにとってシャーロームが、神との契約に基礎づけられない限り、 不可能であることを語っている。 イスラエル共同体は、祭儀的神聖同盟であり、「ヤハウェ共同体」なのであった。

[次へ進む]  [バック]  [前画面へ戻る]