△古事記 下巻 伊邪本和気天皇(履中天皇)
 
〈水歯別命の計略〉
 そこへ、同母の弟の水歯別命が参上して拝謁を申し入れた。しかし天皇が(臣下を通 じて)お告げさせるには、
「自分は、汝命を、もしかして墨江中王と同じ心であろう疑っているので、語り合わな い」
とお告げさせたところ、
「僕は、反逆の心はない。また、墨江中王と同じ心ではない」
と答えて申し上げた。
 また、(天皇が臣下を通じて)お告げさせるには、
「それなら、(難波に)帰って行って、墨江中王を殺してから上って来い。その時に、 自分は必ず会って語り合おう」とお告げさせた。
 
 そこで(弟は)すぐに難波に帰り下って、墨江中王の側近の隼人、名は曾婆加理(そ ばかり)を騙して、
「もしお前が、吾の言う事に従うなら、吾は天皇になって、お前を大臣にして天下を治 めようと思う。どうか」
と仰せになった。
 曾婆加理は、
「仰せのとおりに」
 
 そこで、隼人に沢山の褒美の品を与えて、
「そうであるなら、お前の王(きみ、主君)をお殺しせよ」
と仰せになった。  ここに曾婆加理は、自分の主君が厠に入ったのをこっそりとうかがって、矛でもって 刺し殺した。
 そして(弟は)曾婆加理を率いて、倭に上って行くときに、大坂の山の入り口に到着 して思うには、
「曾婆加理は、吾のために大きな功があったが、実は自分の主君をお殺しになったこと は、これは不義(きたなきしわざ)である。しかしながら、その功に報いないと誠意が ないと云うことである。その約束を実行したのであるから、却ってその性格が恐ろしい ことである。故に、この功績に報いることはしても、その正身(むざね、本人)は殺し てしまおう」
と思われた。そこで曾婆加理に仰せになるには、
「今日はここに留まって、まず大臣の位を与えて、明日上って行かれるように」
と仰せになって、その山の入り口に留まって、すぐに仮宮を造り、急に豊楽(酒宴)を して、その隼人に大臣の位を賜って、百官(つかさづかさ、多くの役人)に拝礼させた ところ、隼人は喜んで、
「願いがかなった」
と思った。
 
 ここに(弟は)その隼人に、
「今日は大臣と同じ盃の酒を飲もう」
と仰せになって、一緒に飲むときに、顔をかくすほどに大きい椀に、その薦める酒を盛 ったのである。
 ここで王子がまずお飲みになって、隼人が後で飲んだ。そこで、その隼人が飲むとき に、大きい椀が顔を隠した。そして(弟は)席(むしろ)の下に置いておいた剣を取り 出して、隼人の首をお斬りになった。
 そして明日に上って行かれた。  故に、そこを近つ飛鳥と名づけた。
 
 倭に上って到着して仰せになるには、
「今日はここに留まって、禊をして、明日参上して、(石上の)神宮を拝礼しよう」
と仰せになった。
 故に、そこを遠つ飛鳥と名づけた。
 そこで、石上神宮に参上して、天皇に、
「任務はすっかり平らげ終えて、参上しました」
と申し上げて、よって、中に召び入れて、共に語り合われた。
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