GLN「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」世界遺産登録推進

祭り

<未定稿>
 そもそもの仏教には、祖先崇拝はありません。しかし、仏教がわが国へ伝来すると、わが国古来の祖先崇拝と、仏教(インドなど)の輪廻思想とが習合し、現在のようになったものと集約されている。つまり、成仏するための修行(例えば八正道)に専念すれば、世の中は円く治まる、という政治理念により、仏教の教えを導入したものとみなされている。

 もともとわが国にも、祖先崇拝は無かったと推測する。縄文時代などの太古は、むしろ生きることが最優先していたものと思う。沢山の子供を産んでも、死ぬのが当たり前で、生きながらえることがとても難しく、かつ嬉しくて尊いものであったと思う。
 したがって生死や生存に関しての願望は、とても根強いものであった。

 天変地異(台風・地震・洪水など)もまた、脅威である。その天変地異を鎮めることも、重要な課題であった。
 そのため、天なる太陽神又は自然神などの神々を祀って祈り、神々への捧げ物 ‐ 食べ物や生贄 ‐ が供えられたものと思う。また、人間(幼児)の生贄もあったかも知れない。

 環状列石は、首長以下、身分の上下、あるいは年功序列的に応じて配石され、それぞれの役目や役割に相応しい物を捧げたと思う。捧げ物を長期間供えておくため(悪臭を抑えるため)に、穴を掘って埋めておいたものと考える。あるいは、捧げ物の亡失(遊離)を防ぐために、重石として川原石を並べ置いたとも考えられる。

 その祭りの行われる節目が、
(1) 冬至と夏至
(2) 春彼岸と秋彼岸の中日(ちゅうにち)
であったかもしれない。

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