GLN「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」世界遺産登録推進

土器は長時間使用されたのか

<未定稿>
(1) (深鉢形)円筒土器の使い方
 円筒土器とは、東北地方北部から北海道地方南西部にかけて分布する土器で、平底深鉢形土器の器形が、口縁がやや広がった円筒形(バケツ形)をしている土器のことである。

 世界最古の土器は、青森県外ヶ浜町大平山元T遺跡から出土した模様がない無文土器(むもんどき。縄文時代草創期16,500年前)で、底は平底である。続いて底が尖った尖底土器(せんていどき。縄文時代早期約13,000年前〜6,000年前)が出土した。また丸底の土器も出土した。約6,000年前からは、平底の土器が一般的になった。

 北東北のいくつかの土器展示資料館を見る限り、これらの円筒土器は、長期間使用したとは思えない様相を呈している。底部(全高の1/3〜1/4)だけが、火炎によって焼けたように見える。日常生活において頻繁に使用したような痕跡は見当たらない。

 これは、どういうことなのか?
 高さが数十pもある円筒土器は、相当高価なものであったと推測できる。現在の軽自動車並みの価値観か?
 このような貴重な「器」のほんの底だけを火に架けて使っただけとは、なんて贅沢な使い方だったと思う。

(2) 殯(もがり)のこと
 殯とは、日本の古代に行われていた葬儀儀礼で、死者を本葬するまでのかなり長い期間、棺に遺体を仮安置し、別れを惜しみ、死者の霊魂を畏れ、かつ慰め、死者の復活を願いつつも遺体の腐敗・白骨化などの物理的変化を確認することにより、死者の最終的な「死」を確認すること。その棺を安置する場所をも指すことがある。殯の期間に遺体を安置した建物を「殯宮」(「もがりのみや」、『万葉集』では「あらきのみや」)という(Wikipedia)。

(3) 香草の薫煙
 おおむねの土器資料館の説明では、円筒土器を囲炉裏の縁に置いて、食べ物を煮たり温めたりして使用したと云う。

 縄文人は、このような囲炉裏のある掘立建物に居住していたのであろうか。家屋にしては、あまりにも狭い。食事室にしても、非効率的だ。また簡素すぎる。
 円筒「土器」は、文様が美しく、予想以上に大きくて形も整っているなど、精巧な技法で作り上げ、全体を斑無く焼き上げ(700〜800℃゛)ている。このような高度な技術を有する縄文人の「家屋」としては、不自然に思わざるを得ない。

 円筒土器を備えた囲炉裏のある掘立建物は、もっぱら殯宮として使用されていたのではないだろうか。
 円筒土器を囲炉裏の縁に置き(立て)、香草を沢山詰め込んで燻し、その薫煙で遺体から発生する異臭を消したのでは……。しかして円筒土器は、その人のときだけ使用する。

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