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12 土深井裸まいり

(二)水垢離
 垢離(水垢離とも)とは、神仏に祈願するため、清水を浴びて穢れを取
り払い、心身を清浄にすることである。
 水垢離場は、上流土深井沢川の清流を、集落の用水路(堰)として引き
水し、その流れを堰き止めた所で、市道に沿っている。
 水垢離場の清浄を保つために、注連縄が張られている。注連縄はすなわ
ち、水垢離場と市道を隔てる形で、市道に沿って青竹を六本刺し立て、長
さ約十間(二十メートルほど)である。青竹と青竹の間に紙垂を四垂れず
つ垂らしてある。注連縄は、新わらを左綯いに綯い、約一尺(三十センチ
メートルほど)の間をおいて一尺ほどの長さのわらを垂らした細縄である。
青竹は近くの山から取ってきたもので、舗道に雪をこんもり盛って、その
上に刺し立てるのである。
 
 水垢離場の前には、テントが二棟設営され、その中で佐藤洋輔鹿角市長
や織田育生同市教育委員会教育長などの招待者、また隣町小坂町出身川口
一秋田県会議員、集落関係者たちが見守っている。
 また行事の開始などを告げる大太鼓が置かれていたり、婦人会の甘酒サ
ービスが行われていたりしている。
 報道陣やアマチュアカメラマンたちが、大勢で水垢離場を取り囲み、勇
ましく水を掛け合う様子を撮ろうと待機している。
 見物人も大勢集まってきた。黒山のような人だかりである。
 水垢離開始時刻は、正午と知らされている。
 
 その十五分ほど前に合図の太鼓が打ち鳴らされた。この太鼓は直径約三
尺(九十センチメートルほど)の大太鼓で、ここ鹿角地方独特のものであ
る。大太鼓は、主に盆踊りのときに打ち鳴らされるが、このような催しの
ときなどに打ち鳴らされる。太鼓の調子は「甚句」である。太鼓の調子に
よって、関係者や見物人は、行事の進行状況を知ることができる。見物人
もだんだん多くなってきた。
 
 世話人は、用意されている四個の大きな手桶になみなみと、手の切れる
ような冷たい清水を汲んでいる。手桶は約一斗(二十リットルほど)も入
る秋田杉製で、そのうち二個は朱塗りである。
 
 正午になった。大太鼓から「甚句」が連打された。
 それを合図に、斎戒沐浴を済ませた白ふんどし姿の男衆が三々五々この
水垢離場に現れた。幼い男衆には、その父などがいたわるように付き添っ
てやって来た。
 入浴して待機していた家からこの水垢離場へは、青年会役員の指示によ
り、適当な間をおいて、順序よくやって来ることになっている。
 
 ここまでくれば、もう後戻りできない。見物人も視ている。すなわち
「男が決心する」時がやってきたのだ。不思議な力がわいてきた。
 男衆は、思いっきり、又はなんなく手桶を肩の高さまでかつぎ上げ、一
気に背中へ掛け流す。見物人の声援により、一杯、二杯、三杯、四杯と浴
びる。中には五杯も浴びる男衆もおり、見物人の喝采を浴びていた。
 真に勇猛果敢、壮絶な水浴びに、見物人も感激のあまり、悲鳴とも似た
熱気のこもった声援が送られた。
 
 水垢離のあいだ中、大太鼓は打ち鳴らされる。水垢離場周辺は、水しぶ
きが飛び交い、観衆も興奮してきた。男衆たちも、勇姿を誇示しているよ
うに見える。
 まだ幼い男衆は、世話人から、一杯、二杯と一気にかけてもらう。「ヒ
ュー」と叫び上がる幼い男衆もいた。しかし、よく気張って力んでいる。
少なくとも、二杯は清水を被ることになっているようだ。
 人体への寒さの感じ方を和らげようとするのか、負担をかけない意味に
おいて、清水は一気にかけることが肝要なのである。見物人、また家族と
思われる女性たちから、いたわりのため息が周囲にもれ響いた。
 勇ましく、かつ豪快な水掛けである。清水は氷の混ざっている流れ水で、
零度以下であろうと思われる。
 この水垢離の劇的な光景が、この行事の最高の見どころである。
 水垢離が済み次第、五十メートルほど離れた集会所へつっ走るのである。

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