鹿友会誌(抄)
「第三冊」
 
△けふのなこり
 今年国に帰り、退屈の余り、ふみ函を探したるに、文化の頃の人、鹿角の古蹟錦木塚 の名所を詠みし詩歌を得たり、面白きものと思ひし故、会誌の余白を借りて、諸君の一 覧に供ふ   正員 小笠原勇太郎
 
○狭布細道
荒径周廻岡又林。乱離秋艸埋江潯。嘗聞狡子積信路。今見雄狐叫雨音。綏々往来千夜満 。綿々恋恨百年深。至今此地為無露。行客渾沾旧懐襟。
 胸あはぬ恋に夜すから行かふる 心はさこそけふの細道
 
○涙川
渓水巡流阡陌際。狡児濯面奈情難。即今猶独涙痕滴。古墳浮影一条寒。
 古塚の蔭行く水はなみだ川 打渡りてはぬらす袖かな
 
○松桂か谷
片月陰晴風又雪。松桂谷裏一鳥(号偏+鳥、梟)鳴。閨中少女知人至。錦木充門奈厚情。
 鳥(号偏+鳥、梟)鳴く谷の時雨の照りふりに 人や来ぬると閨の月かげ
 
○物見が坂
秋水洋々雲渺々。阪上清爽一望晴。魂魄不帰今何在。風飄桐葉蔽墳塋。
 まほろしの魂かと斗り塚の辺の 機織る虫の秋の夕くれ
 
○錦木塚
同穴墳塋甘(三水+甘)水潯。千秋錦樹自森々。凄風多露狡児恨。明月繁霜少婦心。梁 上鴛鴦猶比翼。経辺促織又哀音。至今偏為糸麻巧。長使騒人涙湿襟。
 千代のその恋にさなから染なせる 色美しき塚のにしき木

[次へ進む]  [バック]  [前画面へ戻る]