鹿友会誌(抄)
「第三十八冊」
 
△農業余録 花輪 奈良野人朗
 土の香に憧がれ、など相当親しみを持ってゐる人もあろう、又土臭いと鄙め、高尚振 ったキザな人もあろう、が例により百姓話、僕は百姓となって四ケ年、一昨年は病気で 落第、初年は幼稚園級、故に本年は二年生、大分ラシク、又クサクなった。
 たゞ困った事には、折角丹精して育て上げた林檎苗を根ごそぎ引き抜かれ、 漸く成り初めた果実を捻られ、上出来と喜んで ゐる野菜類を盗まれ、其上僕の休み場として建た山小屋、名も顧雲荘とした其小屋へ我 が物顔に入り込み、飛んだ徒らをして行く者もあり、純朴な民とのみ思ってゐた郷人に 裏切られ、郷里の全貌を理解しない当初は大分腹も立ったが、全世界何れの土地へ行っ ても理想郷を妥むる事が全く不可能のやうに考へられ、且つ僕の神経が鈍感になったの か、呆らめか、将又宇宙の原理を清濁混合と観じ、万事大乗的に考へた故か、近頃は心 の平和を攪乱するだけ損と、腹立たしいイライラして気持もなくなった。が斯う云ふや うに無意識の内に、自分の物も人の物も見境のないやうな多年の慣習?を捨てた方がよ い。甘い物ばかりでは飽きる、塩辛いものも必要だ、かるが故に農業余録としてダーク サイドの一端をチョッピリお耳に入れた。愈々来年四月頃まで冬籠、ノホホンの僕も是れ には閉口してゐる、何んとかならぬものだろうか呵々。会員諸賢の御健康と御幸福を祈 って擱筆。(十一月三十日)

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