鹿友会誌(抄)
「第三十冊」
 
△想起す故人十三氏
佐藤良太郎氏
 相当の家柄に生れ、新に当世の学を学び、当世の志を抱き、郷党の期待輿望を一身にあつめ、新人 として校門より郷里に帰臥する人に考慮すべき難問題がある。股引を着け、草鞋を穿ち、一意専心、 家業に励み、家産を増殖するに日も尚ほ足らず、営々役々蟻の如く蜂の如く生活して富を貯ふべきか。 舁がれたならば舁れて、財を傾けても辞せずして貫くべき。勿論是れが結論は、其の人各々の四囲の事情 等によりて、一律に片附ける訳にはまゐらぬであらう。仮に吾人をして、我が佐藤氏の彼の時にあらしめば、 人心の機微を知るべく、世の中の甘い辛いを学ぶべく、数年を社会下層の実務に費し、将来雄飛の軍費を 豊富に蓄積すべく、先づ蓄材に専念し、先輩内田平三郎氏に仮すに後進の情誼を尽し、他日内田氏をして、 後進の為めに路を譲らざるを得ざる義理に導き、耽々負嵎の虎視の裡に、孔明南畝に耕すの故智を学ぶ べかりしと思ふ。此の三年、鳴かず蜚ばずの忍苦の功を積まず、一朝内田氏と鹿を争ふて敗るゝや、 勝てば官軍負くれば賊。氏の上に鼎の軽重を問はるゝの傾きを生じた観はあった。不幸早世すべき健康の 所有者であったとせよ。
 
 僕が前述せる如くにして、未だ大に鳴かず蜚ばず、遂に未知数の人として逝くと雖も、其の死や余韻あり。 具眼の士には、其の生前の、将来に備ふるための大努力を認められ、百歳の後、必ず知己ありしならん。 門地、家柄、金持、学識、期待………等々を一身にまとふ新人に一言す。石橋も叩いて渡るの注意深く あれと。

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