GLN「鹿角の温故知新への旅・鹿角先人列伝一覧」

町井正路と上田敏の関係について:宮澤義臣氏特別寄稿D

 只今上田敏全集(教育出版センター)第10巻を入手いたしまして, その書簡に森?(區偏+鳥)外宛のものがございました。 明治45年5月27日の書簡です。そのまま書き抜きますと,
 
 拝啓益御清栄奉賀候新聞によればファウスト御翻訳近くに発刊の由御精励のほど驚歎 仕り候今日大学へ参り候所八九年前一度高輪仏教大学にて面会候本所北新町に目下在 住の町井正路といふ人よりの来状に接し同氏が年来苦心したるファウスト翻訳へ小生 の序文を徴し来るを承知仕候来書によれば本年冨山房より出版の約ありし所書肆の都 合にて来秋ならでは上梓致し難しとの由にて已なく自費出版とし近く発刊のつもり御 座候御高訳も近く発刊の筈なるに重複の嫌あるのみか見本の校正刷をみるに平易なれ どもかうといふ卓抜の風も無之やうなれば或は余計の業なるやも知れず直に返書して 思ひ止まらせむと考へ候が既に自費をもて出版し了りたる折角の挙にも有之又同氏は 今事業に従事し人人造肥料会社を営み居候由にてさるかたの人にしては殊勝の催とも 存候まゝ何とか其為も謀りて申越の依頼に応ず可きかを再考仕候然るに序文の内容も 未だ考えつかず躊躇致居候まゝ兎に角一応上記の事情御耳に入れ置かむとて斯くは開 陳仕候実は近頃種々序文を書かせられて迷惑も致し且つ自身の制作なき事を慚愧致居 候。 (以下は関係ない内容なので省略。)
 
 要するに,町井氏は自分のファウスト翻訳に箔をつけるべく上田敏を尋ねて序文をねだっ たようですね。それを了承したことで違約問題を報告されて鴎外に事の次第を尋ねた ようですね。つまり上田敏と町井正路とは何の関係もなく唐突に町井が接近したとも 考えられます。(当時ならあり得るかも知れません。)
 
 しかし信じられないのは,町井正路は自費出版してまでも訳本を出したかったというそ のエネルギーと熱意です。上田敏に鴎外訳が出るから君の訳は鴎外訳の発行された暁 にはその存在価値がどこにあるのか?旨の思いと止まるよう勧められても初心貫徹して しまったのですね。
 面識もない上田敏に面会に行った町井ですから,やはりこの自費出版に関係して漱石の 存在が後ろにあるように感じられますね。漱石は実は鴎外にファウスト翻訳を委嘱し た文部省文芸委員会(メンバーには鴎外もいました。)の存在を非常に嫌っていました。
 
 (ここからは単なる想像ですが,)その漱石に町井が泣きつけば,反骨精神の主漱石です から何かしてあげた可能性はあるのではないでしょうか?
 ちょっと面白くなってきましたね。
 
以上,今わかった情報です。

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