5807新斗米アラトマイの稲荷さん(花輪)
参考:鹿角市発行「陸中の国鹿角の伝説」
俺の生まれた家は、新斗米の村の小高い処にありますが、俺の家の上の、そのまた上
の段の、家から二十間(約三十六米)ばかり離れた処に、お稲荷さんのお堂があります。
そのお堂の中に、座った狐二匹を祀ってあります。
其処ソコは、大した見晴らしの良い処で、俺達の小さいときは、友達とよく其処で遊ん
だものです。
けれども、今から百年ばかり昔の明治十五年の頃でした。
春の田打ちの頃、慶応元年生まれの婆さまが、昼休みしていたら、稲荷さんの方から
「ポン、ポン」と太鼓を叩タタきながら、下りて来る者がありました。
「ハテ、今どき、太鼓叩いて来るのは、誰だろうか」
と思っていたら、段々と近くなって、縁側にカカカカと太鼓を置く音がしたために、障
子の破れ目からこそっと見ましたら、十歳位の男童子ワラシが、面ツラが真青マッサオで、眼マナグ
が吊り上がっていて、青い縞シマの袖無ソデナシを頭から被って、じいっと家の中を覗ノゾき
込んでいたのです。
それを見たら婆さまは、頭から水を掛けられたようになって、背中がぞくぞして動け
なくなってしまって、震えていました。
それから、暫くしたら、カカ、カカンと太鼓を持つ音がして、ポン、ポンと太鼓を叩
きながら、稲荷さんの方へ上がって行く音がしました。
婆さまは漸く震えが止まって、障子を開けて見ましたが、もう童子の影も形も無かっ
たそうです。
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