5200ダンブリ長者
 
                    参考:鹿角市発行「陸中の国鹿角の伝説」
 
 昔、小豆沢アズキザワの根本ネモトと云う処(家)へ、長牛ナゴシから婿ムコに来た若者が、年
寄った父親と、二人で暮らしていました。若者は大した正直で、村でも評判の働き者で
したが、何時も貧乏暮らしをしていました。ある日、若者が薪タキギ採りに山へ行きまし
た。
 その頃、比内(北秋田郡)の独鈷トッコと云う村に、夫婦と娘の三人が住んでいました。
娘は大した親孝行で、賢カシコい娘でした。けれども、この娘が十六になった時、両親が死
んでしまい、娘は悲しくて、毎日泣いて暮らしていました。
 ある晩のこと、夢の中で白髪の爺様ジサマが現れて、
「お前は、これからすぐに、家の前の小川を下って行くのじゃ。すると大きな川にぶつ
かるじゃろう。其処から、川上へ向かうのじゃ。日が暮れる頃、一人の若者と出会うじ
ゃろう。その若者は、人の二倍も働き者に見える筈ハズじゃ。その若者と夫婦になるがよ
い」
と言って、消えてしまいました。
 
 娘は神様のお告げだと思って、次の日の朝早く、住み慣れた家を後にして、小川を下
って行きました。そうしたら、今の男神オガミ、女神メガミと云う処で、岩が川の両岸にそ
そり立っていて、娘は先に進めないで困っていました。そうしたら何処ドコからか天女が
飛んで来て、娘の手を掴んで、越えさせてくれました。
 娘は、どんどん川上へ向かって進んで行きました。
 日が暮れる頃、小豆沢へ辿り着きましたが、道に迷って山道に入って行ったところ、
其処で一人の若者が柴刈りをしていました。一本刈れば二本倒れ、二本刈れば四本倒れ、
三本刈れば六本倒れる程の稼ぎ振りでした。この人が夢で神様に告げられた人だろうと
思って、今までの事を残らず話しました。話を聞いて、若者が娘を家へ連れて帰ったと
ころ、父親も喜んでくれたので、二人は夫婦になりました。
 この家の人達は、真面目に稼いで、仲良く暮らしていましたが、正直過ぎるせいか、
何時も貧乏でした。
 
 ある年のこと、正月だと云うのに、神様にお供えする餅も酒もありませんでした。
 若者は、
「ああ、うまく行かない世の中だ。正月だと云うのに、神様に供え物一つ出来ないね」
とため息を突くと、みんなも一緒に悲しみました。
 その晩のこと、若者の夢の中に、白髪の爺様が出て来て、
「我は大日神ダイニチシンである。これから川上へ行って、広い処があったら其処に住むがよ
い。そうすれば数多くの田や畑を耕して、長者になることが出来るだろう。此処はお前
達が住む処ではない。早く立ち去るがよい」
と言って、山の嶺の向こうに飛んで行ってしまいました。
 若者はハッと目を醒ましたところ、体中汗まみれでした。そこで、側に寝ている嫁に、
「これ、起きてくれ。おら、今不思議な夢を見た」
と言うと、嫁は、
「あら、おらも今まで夢を見ていました」
と、辺りを見回したら、若者は、
「で、どんな夢、見ていたのだ」
と訊いたら、嫁が言った夢は、若者が見たのと同じ夢でした。二人して、同じ夢を見た
のでした。
 それから、二人して土を高く盛り上げて、その上に木の串に紙を挟んで突き刺しまし
た。このにわか作りの祭壇サイダンに供物ソナエモノをして、神様に感謝のお祈りを捧げました。
 
 次の日の正月二日、若者は父親を背負い、嫁は物を背負って、村の人達に別れ惜しま
れながら、川上へ向かいました。日もとっぷり暮れた頃、田山タヤマ(岩手県二戸郡)の奥
の平間田ヒラマタと云う村に、辿り着きました。そして、村長ムラオサの処へ行って、村で暮ら
すことが出来るようにお願いして、許して貰いました。
 平間田で暮らすことになって、葛クズとか、蕨ワラビなどの根を掘って食ったりしていま
した。そして段々、田や畑などを切り開いて行きました。
 
 ある夏の暑い日でした。畑で稼いでいた二人は、木陰で昼休みをしていました。若者
は暑さと疲れで、つい、うとうと寝てしまいました。そうしたら、向こうの岩の間から
ダンブリ(トンボ)が飛んで来て、男の唇クチビルに尻尾シッポを付けて飛んで行き、また飛
んで来ては同じ事をして、二回も三回も繰り返しました。嫁は不思議なことだと思いな
がら、側でそれを見ていました。
 そのうちに、若者は目を醒まして、唇を嘗ナめながら、
「俺、今、生まれてから飲んだこともない、甘ウマい酒を飲んだ夢を見て、お前にも飲ま
せたいなあと思っているうちに、目が醒めてしまった。今でも、その甘い味が口の中に
残っている」
と言った。嫁は、
「私が見ていると、あっちの岩の蔭から、ダンブリが飛んで来て、お前さんの口に、何
回も尻尾を付けて、また、飛んで行きました」
と言って、これまでの様子を話して聞かせました。
 
 不思議な事もあるものだと思って、二人はダンブリの飛んで行った方へ行って見ると、
岩の間から良い香りのする泉が渾々コンコンと湧いていました。泉の水を手で汲んで飲んで
みると、本当に甘い酒でした。飲むと、まるで春に草や木の花を咲かせるように、忽ち
元気が出て来ました。この酒を飲んだ人は、どのような病も忽ち治って、長生きしまし
た。
 二人は、其処に家を建てて住みました。今の田山の長者屋敷と云う処は、この夫婦が
住んだ跡です。
 この宝の泉の話は、四方八方に広まりました。この話を聞いた人達は、あっちからも
こっちからも集まって来て、大した賑やかになりました。何時の間にか、金とか銀とか
宝石などの宝物が沢山集まって、忽ち若者は国一番の長者になりました。
 長者は大きな屋敷を建てました。沢山集まって来た人達が食う、朝餉や晩餉バンゲの米
の研ぎ汁が、川下まで白く流れました。そこでその川のことを米白川(米代川)と云う
ようになりました。

[次へ進んで下さい]