(三)
精霊入冥漠     精霊セイレイ冥漠メイバクに入り
不由見容止     容止ヨウシを見るに由ヨシなし
骸骨作灰燼     骸骨ガイコツ灰燼と作ナって
無処伝音旨     音旨インシを伝ふるに処無し
葬来十五旬     葬ってより来コノカタ十五旬
程去三千里     程去ること三千里
廻環多日月     廻環クワイクワンす、多日月
重複幾山河     重複す、幾山河ぞ
憶昔相別離     憶ふ昔相別離せしとき
寧知独傷毀     寧ナンぞ知らん独り傷毀ショウキせんとは
 
 滋実君よ、君は今や冥土の客となったので、再び懐かしい容姿を見る由もない。また、
便りを差し上げる術スベもなくなった、悲しいことである。
 君の任地奥州と、私の配所筑紫とでは、三千里も隔っていることゝて、君の死後百五
十日も経って知らされた位で、巡り巡って斯くも多くの日子を要したのを以てしても、
実ゲに遥々と隔たり居ることが実感させられる。それにしても、昔、君の赴任を見送っ
た時、君が先立って死のうなどとは、思いもしたことであろうか。
 
(四)
君閑泉壌入     君は閑にして泉壌センジャウに入り
我劇泥沙委     我は劇にして泥沙デイサに委(イ)す
天西与地下     天の西と地の下と
随聞為哭始     聞くに随って哭の始めと為す
哭罷想平生     哭し罷ヤめて平生を想ふに
一言遺在耳     一言遺って耳に在り
曰吾被陰徳     曰く、吾陰徳を被る
死生将報爾     死生ともに将に爾ナンヂに報いんとすと
惟魂而有霊     惟コれ魂にして霊有らば
莫忘旧知己     旧知己を忘るゝことなかれ
唯要持本性     唯本性を持して
終無所傾倚     終に傾倚ケイイする所無からんことを要す
君瞰我凶匿     君我の凶匿キョウトクを瞰ミば
撃我如神鬼     我を撃たんこと神鬼の如くせよ
君察我夢辜     君我の辜ツミ無きを察せば
為我請冥理     我が為に冥理に請へ
冥理遂無決     冥理遂に決すること無くんば
自茲長已矣     茲コレより長く已ヤみなん
 
 滋実君、君は今や泉下にあって世間に煩わされることはないのに、私は現世の苦難に
喘アエいでいる。私は西陲の地に狂い、君は地下に眠っている。互いに変わり果てた姿で
はある。泣かざらんと欲するも得ようか。
 泣き止めてあの当時を回想すると、今でも私の耳に残る君の一言がある。
 「私は貴下の陰徳を蒙りました。この御恩は忘れません。もし生前お報いすることが
出来なかったら、死後、あの世からお報いします」
 君はこのように言った。君、覚えているかしら。
 今更これを取り出すからとて、私は何も約束通り報いて貰おうと云うのではない。君
は何処までも君本来の剛直さで、依怙贔屓エコヒイキなくして呉れ給え。これを取り出したの
は、次のことを君に望みたいからだ。
 君が私の流されているのは、事実不義反逆を抱いていたからだと思うなら、仮借なく、
私を鬼神の一撃で殺して呉れ給え。
 君が、私が無実の罪で流されているのだと判断するなら、どうか神の公明な御処理を
祈って呉れ給え。
 これが、私の君に切望するところだ。君の祈りにも拘わらず、神の御処分もないなら、
他に何とも致し方はないのだ。
 
(五)
言之涙千行     之を言へば涙千行す
生路今如此     生路今此の如し
聞之腸九転     之を聞かば腸九転せん
幽途復何似     幽途復マタ何ぞ似たると
拙詩四百言     拙詩四百言
以代使君誄     以って使君が誄ルイに代ふ
 
 滋実君よ、喋シュベっていると涙が止めどもなく流れる。私は、本当に生きているのが
辛いのだ。君もこの気持ちが分かって呉れたら、非業に死んだ自分の冥途の旅心にも似
た憤りようだと、同情して呉れるだろう。
 以上拙き言四百字を連ね、君を弔う言葉とする。
 
 境遇の似た友の死は、一度は公を悼まし、やがて激せしめた。蝦夷を罵倒する言の激
しいのは、友の横死を悼み、正義に荷担する者の憤りの余りに出たものであり、「君我
の凶匿を瞰ば、我を撃たんこと神鬼の如くせよ」以下、言々迸ホトバシり、句々激し、公の
公明なること天地神明に誓って偽ないことを示している。隱憫の至りである。
 
[参照リンク]菅原道真公「菅家後草」「元慶の乱」へ戻る)
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