04a 名物裂の用途と価値
 
 以上は舶載された染織品が茶入,表装及び覆などに仕立てられた一例に過ぎませんが,
茶人等は茶湯に用いる諸道具を荘厳するため,その書画に適する裂を選んで表装し,茶
入にも茶入を装飾すると共に,茶人等の茶道芸術観の具象化をこれらの裂の作風に求め
たとも云えましょう。
 幾ら荘厳することであっても,茶人等にとっては,書画や器物を第一義的に考え,染
織品は第二,第三義的なものとしていたのです。しかし,譬え第二,第三義的な存在と
したとしても,名画,名器を装飾するために舶載染織品を選んだことは,やがて染織品
の鑑賞を創成することになったと云えましょう。そして,茶人等が選んだものが名物裂
に編入される絶対条件ともなりました。名物裂と称される作品は,その全部ではないが,
大体において色調,文様,織法が優れた染織工芸品として優秀な作品です。
 室町末期以降,日本文化の担い手の役割を持っていた茶人等の芸術感覚は,高度なも
のであったことが知られます。
 名物裂が高く評価される所以は,名物の書画や名物の器物に付随したからでもなく,
また,日本茶道史に輝く足跡を遺した人々が愛好したからでもありませんでした。
 名画や名墨の表装裂に,名器の袋などに使用されたのは作品が優れていたからであり,
芸術感覚の豊かな茶人等が愛好したのも,彼等の感覚に適ったからでしょう。名物裂が
染織工芸品として優秀であったからなのです。
 わが国の染織工芸は,奈良時代に唐の染織技術を承けて染織工芸の発達は極度にまで
達しましたが,その後は,奈良朝に観られたような盛況はなくなりました。時代の推移
と共に,わが国の染織工芸は規模が小さくなり,色彩も文様も類型化してしまいました。
そんな時期に,これらの名物裂の舶載が行われたのです。わが国において未だ生産され
ない品々,織法も知られない作品が出現したことは,確かに一大驚異であったでしょう。
美しい色調,創意ある文様構成,巧みな織技の完全な調和は,それらの作品に芸術性さ
え与えていました。
 わが国の染織工芸が,桃山期から,急速に近世的展開に踏み出せたのは,この名物裂
群の影響と観るべきです。
 従って,名物裂の評価は当然,この時点において評価されるべきもので,趣味的観点
において評価されるべきものではありません。
 
〈結び〉
 名物裂と呼ばれている染織品は,その大部分が室町初期から始められた日明貿易と,
室末末期から桃山時代にかけての南蛮貿易によって舶載されたものから選定されていま
す。勿論,室町以前の舶載品と,江戸全期に亘って制限された和蘭船による舶載品から
も選定されました。その選定された染織品は,全部が必ずしも一流ばかりではありませ
ん。
 選者の役割を果たした茶人,数寄者等は,そのときどきの文化人であり,一面におい
てはその時代の文化の担い手でもありましたが,彼等は染織作品の観点から選ぶことよ
りも,自分等の所有していた書画,茶器類を装飾する観点から選びました。従って作品
の染織的価値よりも,寧ろ自分の趣味性が大きく影響しています。染織作品の製作の優
秀性を前提にしながらも,それを打ち出せなかったのは無理からぬことでしたでしょう。
 しかし,数多い舶載染織品からその選び方がどうであろうとも,選び出し,名物裂な
る一つの存在を樹立したことは,何と云っても茶人の功績と云わなければなりません。
 「名物」とされた,また「名物」に準ずる書画や茶器類は,茶人にとっては至宝でし
た。名物類をより立派に,より威厳付け,より権威付けるためにも,彼等は表装裂に,
或いは器物の袋に,これらの舶載された染織品を選んだのです。名物裂の発生が茶道に
依存する基盤はここにあるのです。従って茶道における名物裂の存在は,第二次的第三
次的のものでした。
 名物裂が高く評価される所以は,名物裂と云う集結された観念に拘ることなしに,茶
道を前提とする条件によることなしに,裂の持つ作風の優秀性によるものです。全部が
全部ではありませんが,その多くの名物裂を観ますと,美しい色調,創意ある文様構成,
巧みな織法,それらの完全な調和は,その作品に芸術性をも付加していることが感受さ
れましょう。
 更に高く評価されなければならないことは,名物裂がわが国の染織工芸に及ぼした影
響です。これは全く大きいものと云わなければなりません。名物裂の舶載により,やが
て織法が移入され,名物裂を凌ぐ作品の出現は可成りの時間を待たなければなりません
でした。舶載礼賛と云うことでなく,名物裂の舶載により日本の染織工芸が大きく開眼
することとなったのです。
 この観点から,名物裂は研究されるべきものであり,評価されるべきであると考える
のです。

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