11b 茶事と菓子
 
〈五味・五感の調和〉
 
 五味については前述しましたが,本来は中国の『礼記』に「五味、六和、十二食、還
りて質を相為す」と云った文があります。その意味は五味を基本的なものとして,それ
に六和(滑味カツミ(なめらかさ))を加えたもので,十二食とは十二ケ月の食のことを云
い,質は本来のことです。
 ですから春の三ヶ月は酸味を効かした味として,他の味に和するのです。夏季は苦味
を効かし,秋ならば苦味を主体とします。そして冬になれば塩味を主体として調和させ
ます。もう一つ,土用のときは甘味を主にします。そして滑らかさを以て調和され,互
いに自己の味を引き立てながら「和の心」を以て円やかになるのです。これは料理のこ
とだけでなく,菓子も前後に戴くものとの調和を考えて味を作り,調和されるのです。
 
 抹茶のお菓子が他の菓子と異なっている点は,お茶を主と考えて,お茶の味にお菓子
の味を合わせると云うことなのです。
 ところで,茶の菓子を味わうには五感の働きがあります。
 まず「視覚」です。器に盛られた美しい菓子の姿を見て,美味しそうだなと感じ,そ
してその中に季節感を見い出し,彩りにも同様に美しさを感じ取って,第一印象の想い
を大切にするものなのです。
 次に「触角」です。手触り,歯触り,舌触りによって,柔らかさや舌の上で溶解して
行く何とも云えない感触が味覚に大きな影響を与え,魅力を感じさせるのです。
 「味覚」は材料に大きく左右されます。一粒の小豆,一個の山芋,砂糖,水に至るま
で心を配ります。
 「臭覚」は香りであって,柚子や生姜の品を生かして作る菓子も,季節の桜葉,笹の
葉の移り香を楽しむ菓子も,茶の香りを消さないようにします。特に小豆や和三盆など
の材料を吟味出来る香りは大切なもので,茶菓子を味わう特徴でもあります。
 更にもう一つ,茶菓子が持つ「聴覚」があります。濃茶の席においては,主客の問答
に「お菓子も美味しく戴きましたが・・・・・・」「御銘は・・・・・・」などと云われますが,そ
の菓子に付けられた銘から季節を感じ取ることが出来るのは,正しく日本人の持つ感覚
なのです。
 他の国の菓子にない,茶の湯から生まれた和菓子を味わうとき,五感は大切なもので,
一個の菓子から五味・五感を味わえることは,わが国の菓子の最も素晴らしいことなの
です。
 
 さて現在茶の菓子では,生菓子を主菓子と云っています。主菓子は菓子を生のままで
使うものではなく,火に架けて作り,用いるものですから,蒸菓子と云った方がよく,
また,主に抹茶に使う菓子と云う意から主菓子と名付けられました。
 また干菓子は主菓子と違って細工ものが多く,何処の業者でも出来ると云うものでは
ありません。昔,亭主が作っていた頃の干菓子に相応するものと云いますと前述のよう
な木の実とか海藻でしたが,加工されるようになって打ち物や落雁ラクガン,片栗類の砂糖
製品や有平糖などが登場して来るのです。干菓子の美しい取り合わせ,形の至妙と彩り
の上品さは,客の心情を和らげてくれるものです。
 主菓子の条件の一つは,奥ゆかしさにあります。『千家好み菓子』に描かれている「
此の花」と云う銘の紅白のきんとんがありますが,色彩だけで梅花を表し,黄色餡を使
って蕊シベにしているなど奥ゆかしいものです。彩りだけで客がその趣向を連想する訳
で,形も名もあからさまでなく,何となくぼんやりと利かせるところに余韻があって,
茲に茶味の良さがあると云えるでしょう。
 落雁の類にしても,純白真紅は取り合わせとして対照的ですから,非常に良い感じを
与えます。このように濃茶と薄茶に分かれて出される茶事に用いられるときなど,それ
ぞれ干菓子との取り合わせに注意がいるのです。
 
 茶菓子に使う器は,普通一般の菓子器よりも形や色彩も俗悪でない,雅趣に富んだ,
見るからに品のある器が好まれます。また利休以来,御家之好みの器(各宗家のお好み
の器),唐物などが使われます。大別しますと,縁高,鉢物,盆形があり,形は大小様
々で,種類も可成り多くあります。
 菓子器も取り合わせが第一で,彩りと形は,その中に盛られる菓子との調和を十分に
考えて使うことが必要になって来るのです。
 季節の使い分けもまた大切です。どんなに良い器でも菓子との配色が合いませんと,
菓子も器も共に引き立たないことになるのです。
 干菓子器は,薄茶のとき干菓子を盛って出す器のことで,盛り方には二種盛り,三種
盛りなどがあります。また,秋の「吹き寄せ」などの箕ミや篭に盛り込むこともありま
す。
 古くから,海外の器が唐物とか南蛮物と云って使われて来ましたが,最近では海外旅
行で買ったものを使うこともあります。
 
 このように古い時代から現代にかけて,お茶はどんどん盛んになって来たのですが,
近頃では懐石が濫用され,茶席が料亭と履き違えられている処があり,利休居士の本意
にも背いている面もあります。
 味覚の面でも,昔の味とは違って,美味しさより体裁,しかも安ければ良いと云う傾
向もあります。例えば,小豆でも昔からの風味を吟味することが失われています。或い
は砂糖でも,和三盆とか黒砂糖のあの独特のアクと云いますか個性をなくして,サラッ
としたものになり,甘ければ良いと云う製糖が多くなって来ています。これは味わう側
に,好き嫌いが多くなったせいもあります。
 しかし,菓子屋の中には,茶席専門にしている店で,農家と契約栽培をして材料を吟
味するなど,本物の味を守ろうと努力している処もあります。備中の白小豆味はどんな
味か,丹波の大納言はどんな小豆か,またどんな味なのかなど,味を作る方も味わう方
も,しっかり知ることが大切です。茶の菓子は"味ぼけ"では困ります。お茶菓子の味が
分かるようにすることが必要と思います(以上,原筆者鈴木宗康氏)。

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