03 明治天皇御百首
 
              明治天皇御百首
 
                  参考:大坂毎日新聞社謹輯「明治天皇御百首」
 
                    本稿は、大正元年十二月発行の「明治天皇
                   御百首」を参考にしました。本書の中、「刊
                   行の辞」及び、「御製百首」、「大意」を採
                   り上げ、補足的に説明てしある記述は省かせ
                   ていただきました。
                    本御製の中の幾つかは、神道、即ち日本古
                   来のわが国体の根本理念として、頂戴致して
                   おります。
                    また、本御製は、本来の和歌の基本となる
                   べき「五七五七七」の三十一文字の鑑でもあ
                   ります。現在、和歌を志向している一部の人
                   々の間においては、この基本を逸脱している
                   ように見受けられますが、これは好ましいこ
                   とではありません。日本人の文化を正しく、
                   的確に表現するには、「五七五七七」の鉄則
                   を守って初めて成就するものと考えます。
                    本稿中万一、不正確な表現がありましたら、
                   誠に恐縮でございますが、ご叱責の上、ご指
                   摘下さいますようお願い致します。  SYSOP
 
〈はじめに〉
 
[刊行の辞]
 茲に大正二年新玉の歳を迎ふるにつき、わが大坂毎日新聞は、明治天皇御登遐後の初
めての新正、今上陛下御践祚後の初めての新年の紀念として、明治天皇御製一百首を謹
輯し、恐れながら御製拝誦につきて一々註釈を附し、御製に関した明治天皇御聖徳の御
事蹟を録して一部となし、「明治天皇御百首」と名づけて、刊行することとなった。
 
 承はれば、御製は実に九万余首のの多きに数へられ、其中にて世に漏れ聞えたのが五
百余首あり、御歌所には皆拝写して秘蔵せられある、斯く御歌所に秘められある御製が、
世間に漏れたのは、全く故高崎御歌所長のたまものにて、何某博士はこれを高崎翁の大
なる功とたゝへられ、それと同時にまた翁の所為を避難した人もあったさうであるが、
推するに、高崎翁は、聖徳ある大御心を直接に切実に民間に知らせ感化の力となすは、
御製にありと信じて、一部の思惑を憚らず、之を伝へたものと信ぜられる、されば高崎
翁自身も、我を知るものはそれを御製の漏洩か、我を罪なるものもまた御製の漏洩かと
思ったであらうと相察される、斯く高崎翁は、御製の世に伝へられたことに深き関係が
ある、若し高崎翁無かりしならば、御製が斯く世に伝はることは、今までに或は無かっ
たかも知れない、現に御製の注解書が、幾分刊行され、中には誤りを伝ふるものもある
ので、御歌所に於ても、昨今は御製に関する注解や漏洩を禁ぜざるまでも成るべく左様
のことをせぬやうにとの用意であるとのことである、これに就て御歌所主事阪正臣氏の
如きも帝室に於かせられて一日も早く完全なる御製集の御発表あらせられよかしとはわ
れ等も渇望する所であると話された、斯様に御製の注解に就ては、当局が慎重に注意し
て居るのであるから、此「御百首」に於ても、此に用意を怠らなかったつもりである。
 
 しかも此書を刊行したのは、唯だ御製を世に知らせるといふのではない、陛下が、人
の心の誠は、敷島の道の言の葉、即ち歌にあらはれると仰せられた通り、陛下の大御心
を直接に切実に国民が感じ奉り拝受し得るのは、此御製の外には無い故に、御製の内、
陛下が皇祖皇宗の御遺訓を奉ぜられ、国を思ひ国民を思ひたまひし大御心の殊に著くあ
らはれたもの、申さば帝王道徳の意味のものを多く謹輯し、一の修身教科書とする主旨
である、元より御製は、花鳥風月に関するものでも、唯だ御感じになった事が、御製に
あらはされたまへば、それが直に御教訓になるのであって、実に御製の総てが、深く高
く大なる修身教訓と申すべきではあるが、今は古例に依って御百首に止めたわけである。
 
 明治天皇陛下は、御八歳の時より、日々御父帝より五六の勅題を賜はり、歌を御詠み
になった、御幼少の頃より五六首を御詠みになるといふは、まことに天禀にわたらせら
れたのである、此おたしなみがあってからこそ、世界帝王中の詩人として歌聖と仰ぎ奉
られるわけである、御歌の会ある時に一夜百首と称し、侍臣を集め題を賜はり、一夜に
百首を詠み給ふに、陛下には毎も早くお詠み終りになり、侍臣中には苦吟徹夜に及ぶも
のもあった、斯く歌がお好であっても、決してそれが為に御政務に煩ふことはなかった、
平素政務奏上の折は、元より専心国務に当らせられ、少しも御詠歌を考へさせたまふ御
有様は拝されなかった、余裕綽々と申すべき御気色にて、その間にふと御即興になるの
であった、高崎翁が、御歌拝見を仰せつけられた時、条件として、詠歌の御嗜好を過さ
せ給ひて、大切なる国政を疎んじ給ふやうなこと無き事、御請けの上は厳師たらんこと
を期する事、随って不敬不遜に渉るやうな事を申上ぐることもあるべく、この点につい
て予め勅許を得たき事等を奏上し、陛下は何れも嘉納遊ばされ、高崎翁は御製拝見の栄
誉と御歌御上達の厳師としての功勲とを全うした、これは御製に関して、記し置くべき
事である。
 
 此「明治天皇御百首」は、軍人に取りては義勇精神の鍛錬となるべく、教育家には、
倫理修養の聖訓となるべく、政治家実業家あらゆる階級の国民に取りて、身を立て道を
行ふ上に、鑑となるのである、若しまた一般夫婦兄弟親子の家庭に於ては、御百首の一
々を拝誦しあひて、互に志を立て徳をみがくの基とすれば、一身一家の平和繁栄、必ず
期して待つべしと信ず。
 
 明治天皇御製は、皇室と国民とを一つに化する精神である、魂である、国基を国民の
心底に堅むる万世不変不朽の聖訓である、昔、羅馬のマーカス、オレリアス帝は、「黙
想録」一部を遺して、帝王の哲人、哲人の帝王と称されてある、比し奉るは畏けれど、
明治天皇御製は、実にマーカス、オレリアス帝の「黙想録」に対せられて、世界未曾有
の帝王詩人、詩人帝王の御遺詔であると申して然るべく信ず、神武天皇以来空前の偉大
なる御人格は、御製に光烈の輝きを示されてある、われ等は、今御製を謹輯する光栄を
得て、不敬を思ふに遑あらず、所見をも述ぶるに至ったのを諒とされたし。
 
                          大阪毎日新聞社編者 謹記
 
 【明治天皇御百首】
 
 「玉」
 曇りなき心のそこのしらるるは ことばのたまのひかりなりけり
 
 大意:少しも曇りの無い心の奥底(誠)の知らるゝのはまことに言葉の珠といふべき
歌の上に光となりてよく現はれて居るぞ、との御意と拝誦す。
 
 「子」
 思ふことつくろふこともまだしらぬ をさなこころのうつくしきかな
 
 大意:おもふて居る胸の中の事共を、取り繕ふことも、未だ少しも知らぬ、幼き頃の
心は愛すべき(うつくしき)ものであることよ、の御意と拝す。
 
 「薬」
 こころある人のいさめの言の葉は やまひなき身のくすりなりけり
 
 大意:君に対して、忠誠の心篤き良臣の諌言は、我が身に病ひはなけれども、身に取
っての良薬であるぞ、の御意と拝す。
 
 「社頭祈世」
 とこしへに民やすかれと祈るなる わがよを守れ伊勢の大神
 
 大意:とこしへに何時々々までも、我が治めて居る国民が安くあれかしと祈って居る
我が心を知ろしめして、わが世を守りたまへ、皇祖天照皇大神よ、の御意と拝す。
 
 「歌」
 おもふことありのまにまにつらぬるが いとま無き身のなぐさめにして
 
 大意:政事のつとめの間に、思ひ浮べたり感じたりした事どもを有りのまゝ書きつら
ねるのが、わが慰めにてある。
 
 「歌」
 まごころを歌ひあげたる言の葉は ひとたびきけばわすれざりけり
 
 大意:真情を言ひあらはした(あげたる)歌は、一度耳にすれば、我心も其の真情に
感じて、二度と忘れることは無いものぞ。
 
 「宝」
 あしはらの国とまさむと思ふにも 青人草ぞたからなりける
 
 大意:あしはらの大日本帝国を富まさむと思ふにつけても、第一に貴い宝はわが民草
である。
 
 「太刀」
 あだしのにいざかがやかせますらをが とぎすましたる太刀の光を
 
 大意:仇し野の敵地に分け入りて、軍人が日頃錬へたる勇武を以て、研ぎ澄したる太
刀の光を、戦場に輝かせ、いざ輝かせと励まし給ふ御意と拝す。
 
 「仁」
 国のためあだなす仇はくだくとも いつくしむべき事なわすれそ
 
 大意:我が国の為めに仇を為す敵は打ち砕くとも、其の半面には又其の人々に対して
残忍なる行為はなすな、仁徳の心を以て、慈愛を垂るゝことを忘れてはならぬぞ、の御
意と拝す。
 
 「武」
 弓矢もて神のをさめし国人は 事なき世にもこころゆるすな
 
 大意:国家泰平の時に当りても、其の太平に馴れて、武の事を忘れてはならぬ、武を
以て治め給ひし皇祖皇宗の力になれる我が此の国土に生れし民は、何事もなき折とても
必ず心を許すな。
 
 「親」
 国のため斃れし人を惜しむにも おもふはおやのこころなりけり
 
 大意:国の為め戦場に出でて敵の手に斃れたる忠勇の士卒を惜しむにつけても、家々
に取っては孝行な子を失うた親々の心は如何であらうかと、まずそれが気の毒に思はれ
るぞ、との御意。
 
 「天」
 あさみどりすみわたりたる大空の ひろきをおのが心ともかな
 
 大意:浅緑色に澄み渡りたる此の大空の如く、宏々としたのを自分の心ともしたいも
のであるよ、の御意。
 
 「塵」
 つもりては払ふがかたくなりぬべし ちりばかりなることとおもへど
 
 大意:僅かなる塵ほどの事と思っても、打ち捨てゝ置くならば、時の経つに連れ、積
りに積りて、終には払ふ事も出来ぬやうになるだらう、よくよく注意して悪しきことの
塵積りて山となる様なおそれのなき様に心がけなければならぬ、の御意と拝す。
 
 「教育」
 いさをある人を教へのおやにして おほしたてなむやまとなでし子
 
 大意:国家に勲功ある人を、学校の教師にして我が国の青年子弟を教育せしめたきも
のである。
 
 「老人」
 つく杖にすがるともよし老人オイビトの 千年の坂をこえよとぞおもふ
 
 大意:老人は仮令杖に縋って歩いても宜しいから、どうか千年までも長寿してくれよ
と思ふぞ。
 
 「述懐」
 山の奥しまの果てまでたづねみむ 世に知られざる人もありやと
 
 大意:自分の治めて居る広いわが国には器量があり才能ある人が、其器量才能を現す
機会もなく、徒に埋れて居て、世に用ひられずに在らば、口惜しき事であるゆゑに、さ
ういふ人をば、如何なる山の奥までも、又は如何なる島の果てまでも尋ね求めようよ、
の御意。
 
 「瀬」
 さざれさへゆくここちして山川の 浅瀬の水の早くもあるかな
 
 大意:水底の砂や小石まで、さらさらと流れて行く心地にてあるほど、山川の、浅き
瀬を流れる水の早い事であるよ、の御意。
 
 「蝸牛」
 ささやかに見ゆる家居もかたつふり ひとりすむにはことたりぬべし
 
 大意:何処へ行くにも背に家を負ふて居る処の蝸牛の家は、ちひさく思はるゝもので
あるが、然しながら其身一つを容るゝことさへ出来れば善いのであるから、小さいので
も充分であろう。
 
 「草」
 いぶせしと思ふ中にもえらびなば くすりとならむ草もこそあれ
 
大意:むさくるしく心快くないと思はれる雑草の生茂る其の中にも、善く注意して選り
分けたならば必ず薬となるよい草が無いことはない、必定あらうよ。
 
 「学校」
 いまはとて学びの道に怠るな ゆるしのふみを得たるわらべは
 
 大意:今はこれで充分であると卒業証書(ゆるしのふみ)を得て、安心をし、心を許
してはならぬぞ、小成に安んじて学問の道を怠ってはならぬぞ、ますます道を学べ、子
供等よ、の御意。
 
 「読書」
 今の世に思ひくらべていそのかみ ふりにしふみを読むぞたのしき
 
 大意:今の世の治まりたるに古を思ひ比べて、古い書を読めば、盛衰興亡の跡や人情
の変遷が知られて、誠にたのしき事である。
 
 「詞」
 言の葉の花の色こそかはりけれ 同じ心のたねと聞けども
 
 大意:和歌は人々の心が種となって詠まれるものであるが、誰の心とて其の誠に相違
はない、と聞くけれど、それが歌となって言葉の花に咲いたのを見ると、さて夫々様々
に変った色に出て居ることよ。
 
 「家」
 ことそぎし昔の家のつくりさま 今も田舎にのこりけるかな
 
 大意:手を省いた(こと削ぎし)質素の造り方であった昔の家が、今の大厦高楼の家
の華美を競ふ世にも、田舎の方にはまだ残って居ることであるよ。
 
 「島」
 うしろにはいつなりにけむ漕ぐ舟の ゆくへはるかにみえし島山
 
 大意:船に乗って行く前途に遠く遠く見えて居た島は、もう何時の間に後背になった
のであらうか、我が乗る船は何時其処を漕ぎ抜けたのであらう、思へば船脚は早いもの、
島といふものは、おもしろい景色を見せるものである、の御意。
 
 「夏夢」
 ぬばたまの夢にふたたびむすびけり 涼しかりつる松のした水
 
 大意:夏の暑い日に暫く休んだ松の木蔭に、湧き出でゝ居た清冽の水の涼し味が忘れ
られず、その夜の夢にも再び松の下の水を掬すんだのを見たよ、の御意。
 
 「故郷草花」
 そのもりやひとり見るらむ昔わが あつめし庭の秋草の花
 
 大意:昔我が取り集めて植ゑつけ置いた故里の庭の秋草の花を、今は園守だけが唯だ
独り眺めて居るであらうよ、の御意。
 
 「寄国祝」
 くにたみは一つ心に守りけり とほつみおやの神のをしへを
 
 大意:上カミは皇室下は賎が伏屋の民に至るまで、みな其の心を一に協せて皇祖皇宗の
御遺訓を守り、国家の為めに力を尽すこと天晴の事満足に思ふよ、との御意と拝す。
 
 「行」
 世の中の人のつかさとなる人の 身の行ひよただしからなむ
 
 大意:世の中の人の上に立つ頭と仰がるゝ人は、身の行為が殊に正しくありたいもの
ぞ。
 
 「披書思昔」
 しばらくはをさな心にかへりけり よみならひにし書をひらきて
 
 大意:幼き折に読み習ひたる書物ら披いて再び読んで見れば、今更に昔読んだ懐しさ
が思ひ出されて、暫くの間は幼な心に立ち帰るよ、の御意。
 
 「時計」
 時はかるうつはの針のともすれば くるひやすきは人の世の中
 
 大意:毎日毎日正確に時刻を打って行く時計でさへ、如何かすると(ともすれば)狂
ふことのあるを思へば、実に世の中の事は用心せぬとくるひ易いものである、との御意。
 
 「植物苑」
 わがそのにしげりあひけり外国トツクニの くさ木のなへもおほしたつれば
 
 大意:我が国と気候風土の異なれる、外国の草木の苗も、其の栽培の法を得て、生育
てさへすれば、我が国の苑にも繁茂するものであるよ。
 
 「宝」
 つたへきて国の宝となりにけり ひじりのみよのみことのりふみ
 
 大意:聖の御代即ち皇祖皇宗の歴代の天子の御教訓は天地と共に今に伝はって来て、
斯くの如く朕が為唯一の宝となって居るとの御意と拝誦す。
 
 「寄道述懐」
 白雲のよそにもとむな世の人の まことの道ぞしきしまの道
 
 大意:己れの道とすべきものは決して遠き道にあらず、現に世人の踏み行く誠の道に
あり、然るに殊更に人生の他にでもあるかの如くに、遠き処を求めんとするは、愚なる
事である、決して他に求むるまでもなく敷島の道がそれである、との御意。
 
 「夏述懐」
 まつりごと出でてきくまはかくばかり 暑き日なりとおもはざりしを
 
 大意:日々表御所なる政庁に出でゝ万機を覧る間は、斯ほどに暑い日といふことも心
付かなかったが、平素の座所に帰って見ると、心の弛むと共に常ならぬ暑さが堪えがた
く感ずるよ。
 
 「夜述懐」
 夏の夜もねざめがちにぞあかしける 世のためおもふこと多くして
 
 大意:短い夏の夜は殊に安眠したいが、国の為め、世の為めあれこれと思ひ廻らすこ
との多いので、安らかに寝通すことが出来ないで、覚めがちに、夜を明かしてしまふよ、
との御意。
 
 ○
 世の中はたかきいやしきほどほどに 身をつくすこそつとめなりけり
 
 大意:世の中に生まれ来たる時は、貴賎上下の差別はさまざまに分かれて居るであら
うが、それが世に処するには其れぞれ身分に相応して(ほどほどに)、自分の誠心の限
りを尽すのが務めである。
 
 ○
 国をおもふ道に二つはなかりれり いくさのにはにたつもたたぬも
 
 大意:銃を取り剣を手にして、国の為め、戦場に向ふもあらう、また家に留まって、
国の富其他公務に勉めて居るものもあらう、花々しく戦に出て、国に尽すのは実に立派
で、其れに比べて国で平常の様に仕事をして居るのは不忠の様に見えるが決して左様で
はない、戦場に立つも家に居るのも国を思ふ道に二つはないぞ。
 
 ○
 ひらけゆく道に出でても心せよ つまづくことのある世なりけり
 
 大意:平々坦々として砥の如き路に出でゝも注意せよ、石に躓く事もある世の中であ
るぞ、人生の行路は幾ら文明の世と開けてゆくも、便利、自由に慣れて、迂闊すると失
敗のあるものである。
 
 ○
 いそのかみ古きためしをたづねつつ 新しき世のことも定めむ
 
 大意:新奇を好みたがるは免るべからざる人情であるが、万事、古き歴史を持って居
るから、其本を忘れてはならない、かるが故に今後新しい世の中に必要な事を制定める
にも故事来歴よく古来の習慣を尋ねて、徐に新しい事物を定めるやうにせむ。
 
 ○
 うつせみの世のためすすむ軍には 神も力をそへざらめやは
 
 大意:朕が一身のためでなく、世界の平和の為、国民幸福の為に、大義名分に従って
進める軍には、神明も受けたまひて、その力を添へないで居られやうか、必ず力を添へ
てくれるに相違ない。
 
 ○
 国民コクタミの一つこころにつかふるも みおやの神のみめぐみにして
 
 大意:我日の本の臣民が、一つ心になりて、この日本国の為めに、力を尽くし、朕に
忠実に心を入れて尽くすのも、皆これ皇祖皇宗の御恵みにてある、朕が徳ではないぞよ、
との御意を含ませらる。
 
 ○
 家富みて飽かぬこと無き身なりとも 人のつとめを怠るなゆめ
 
 大意:家が富み何不足なき身分なりとて、人並に働くべき職務を怠ってはならぬぞ。
 
 ○
 おもふこと貫ぬかむよをまつほどの 月日は長きものにぞありける
 
 大意:我が平生志して居る事を貫き徹す時を待つ間の月日は、随分永いものであるよ。
 
 「鏡」
 榊葉にかけし鏡をかがみにて 人もこころを磨けとぞ思ふ
 
 大意:神前にある榊葉にとりつけた鏡を、自分の鑑(手本)にして人々もその心を磨
き修めよと思ふぞ、の御意。
 
 「剣」
 ますらをがつねにきたへし剣もて 向ふしこぐさなぎつくすらむ
 
 大意:戦場に出で向ふ軍人が平常から鍛へ置きたる剣を手に握り持ちて、我が日の本
に刃向ふ外国の醜草シコグサ(敵)を薙ぎ尽すであらうよ。
 
 ○
 国民の力のかぎり尽すこそ 我が日の本のかためなりけれ
 
 大意:我国民の力のある限り、軍人は武を練り兵を鍛へ、文人は国を修め智識を拡め、
科学の力を応用して国富を増進し、農人は五穀を作り、民を飢しめず、婦人は良人に家
の後顧なからしめん事を志し、商人は商人、各々本分を尽して居るが即ちこの我日の本
の、千古万古安全の堅となるのである、日本人民は全力を挙げて自己の本分を尽し、国
家を安全にするがよい、其れが行く行く後々までの日本の堅固となるのであるぞ、との
御意と拝す。
 
 「田家翁」
 子等はみな戦争のにはに出ではてて 翁やひとり山田守るらむ
 
 大意:戦争の折柄国民の子弟はいづれも戦場に出てしまって家に残る男子といふは、
老翁ばかりであるだらうに、その老翁が一人、農業をつとむるために山の田を見まはっ
たりして家の留守居をして居るであらう、あゝ気の毒なことであるよ、との御意。
 
 「心」
 ともすればかき濁りけり山水の 澄せばすます人の心を
 
 大意:澄んだまゝ静かにして置けば、清らかな山水のやうな人の心を、やゝともする
と(ともすれば)手をつけてかき濁し善いのを悪くしてしまふ、濁すものさへなければ、
人の心は元来山の清水の如く澄んで居るものであるのに。
 
 「筆」
 国のため揮ひし筆のいのち毛の あとこそ残れよろづ代までに
 
 大意:国家のために書いた(ふるひし)筆のいのち毛の跡即ち文字文章は、万々代ま
でにも残って居る、その人は無くなっても、其筆にて事蹟が残るのは実にえらい力では
あるよ。
 
 「夏氷」
 夏知らぬ氷水をばいくさ人 つどへる庭にわかちてしがな
 
 大意:夏の暑いといふことを知らないほど寒く思はれる氷水をば、一滴の水だにない
戦場の軍人の集まって居る処に分けて遣りたいものではあるよ。
 
 「寄草述懐」
 むらぎもの心をたねのをしへぐさ おひしげらせよやまとしまねに
 
 大意:心の種として調べ上げた誠の道の教へ草となる和歌を、大和島根なる日本の国
中に、生ひ茂らせよ、普及せしめよ。
 
 「賎家」
 賎シヅがすむわらやのさまを見てぞ思ふ 雨風あらきときはいかにと
 
 大意:貧しき賎しい民の住んで居る、小さな藁屋の家の粗末な有様を見るに付て思ふ
には、この雨や風の烈しく吹く際には如何して暮らして居るだらうか。
 
 「忠」
 うつせみの世はやすらかにをさまりぬ われをたすくるおみの力に
 
 大意:世の中はいと安らかに治まって、天下泰平である、これは実に我が一人の力で
はない、皆下、臣民(をみ)が忠良に働き務めてくれる力である。
 
 「述懐」
 末つひにならざらめやは国のため 民の為にとわがおもふこと
 
 大意:斯くしたら国は富むであらう、斯くしたら国は強くなるであらうと、日夜人民
の為に心を砕いて、安かれとわがおもふ事は、どうして遂に成就せずに居やうか必ず成
就するであろう、成就するに相違ない、との御意。
 
 ○
 ものまなぶ道にたつ子よ怠りに まされるあだはなしと知らなん
 
 大意:人の道を学ぶ子等よ何事でも怠るといふことは、自分の身の敵である、自分の
身を殺す仇敵である、此敵に勝つやうに勉めなくてはならぬ、怠情に勝る敵はないと知
ってくれよ。
 
 ○
 我心およばぬ国のはてまでも よるひる神は守りますらむ
 
 大意:我が国家を思ひ国民を思ふわが心の、至らぬ処はないかと日夜心をかけて居る
が、仮令至らぬ国があるにしても、そのわが心の及ばぬ国の果までも、国家を守護する
神は必ず守って下さるであらう。
 
 「軍艦の凱旋を」
 湊江ミナトエに万代よばふ声すなり いさをを積みし船や入りくる
 
 大意:港の方に方って、万歳歓呼の声が聞ゆる、戦の勲功を積みし軍艦が雄姿堂々と
して入港して来るのであろう。
 
 ○
 山をぬく人の力もしきしまの やまとごころぞもとゐなるべき
 
 大意:山を抜くといふ程の勇猛な力は何処から来るかといへば、それも敷島の大和魂
が基礎であらう、の御意。
 
 「芦間舟」
 とるさをの心ながくぞこぎよせん あしまのをふねさはりありとも
 
 大意:芦繁く茂り合ふ間を漕ぎ行く舟は其の芦に妨げられて、なかなかに漕ぎがたい
ものである、その様に人の世も、志た目的を達するのはむづかしいが、棹の長いやうに
気を長くおちつけて、急がず迫らず、目的を達しやうよ、の御意。
 
 「親」
 たらちねのみおやのをしへ新玉の 年ふるままに身にぞしみける
 
 大意:年々に新玉の新しき年を迎へゆくまゝに、身に染みわたるは、我が身を斯くま
でに育てあげた親の有り難い教へである、子を持ちて親の恩を知る、長じてこそ親の恩
が次第に有り難く覚ゆるのであるぞ、との御意と拝す。
 
 ○
 たらちねの親の心をなぐさめよ 国につとむるいとまある日は
 
 大意:誰も彼も国家の為に職務が多忙であらうが、その多忙の国務の余暇には親の心
をなぐさめてよく孝行をなせよ。
 
 ○ひとりたつ身となりし子ををさなしと おもふやおやのこころなるらむ
 
 大意:もはや親の保護を受けず、他人の助力もからず、立派に独立して、何事もなし
得るやうになった子をも、なほ何時までも幼いものゝやうに思ふのは、子を想ふ親の心
であらう。
 
 「行」
 やすくしてなし得がたきは世の中の ひとの人たるおこなひにして
 
 大意:易くしてさて難かしいものは、世間に立つ人の人たる価値の行ひにてある。
 
 「机」
 よりそはん暇はなくとも文机の 上には塵をすゑずもあらなん
 
 大意:人々は己が家業の為に常に奔走して、常に忙しく、机に寄り添ふて勉学する暇
はないかも知れないが、よしや左様であっても、机の上には塵を溜て置かぬ心がけはあ
ってほしいものである。
 
 「水」
 うつはには従ひながら岩ほをも とほすは水の力なりけり
 
 大意:水は方円の器に従ふ、四角なる器物に入れば水自ら四角、円き盥に入るれば水
自ら円し、器次第にて如何でもなるが、それでありながら、いざとなれば、時には急流
激して岩を貫き、家の如き大磐石を転ばし、雨垂石を穿つといふ事もある、実に水の力
はえらいものである、の御意。
 
 「子」おもふことおもふがまゝにいひ出づる をさな心やまことなるらむ
 
 大意:天真爛漫として、思ふことを思ふが侭に言ひ得る幼き子供の心が、人間の誠の
心であらう、誰れに心を置くこともなく、赤裸々として、歯に衣着せず言葉に其侭自分
の思ふことを言ふは、即ち誠の心ではあるまいか、との御意と拝す。
 
 ○
 たらちねのおやのをしへを守る子は 学びのみちもまどはざるらむ
 
 大意:家に在って親の教へを守る子は、学校に行きて勉強をし、師に就き学問をする
場合にも、決して其の道に怠り惑ふやうなこともなく、正しき学問をなし遂ぐる事であ
らう。
 
 「民」
 千万の民よ心を合せつつ 国にちからをつくせとぞおもふ
 
 大意:六千万の我が日本帝国の臣民よ、皆々心を一致させて、国に力を尽して呉れと
思ふよ。
 
 「寄道述懐」
 言の葉のまことの道を月花の もてあそびとは思はざらなむ
 
 大意:和歌は心の誠を表す、この和歌の道を春の花秋の月を歌ふ娯楽ものとは思ふま
いぞよ。
 
 「馬」
 久しくもわが飼ふ駒の老いゆくを 惜しむは人にかはらざりけり
 
 大意:年久しくわが飼うて居る駒の次第に老いて行くを惜しむ心地は、恰も自分の忠
良の臣が老い行くを惜しいと思ふのと少しも異りはないよ、との御意。
 
 ○
 世と共にかたりつたへよ国のため いのちをすてし人のいさをは
 
 大意:国家の為めに奮闘力戦して、生命を戦場に捨てし人の功績は、子々孫々世の移
るに従って、忘れない様に伝へ、歴史に其名を留めるやうにせよ。
 
 ○
 如何ならむくすりすすめて国の為 いたでおひたる身を救ふらむ
 
 大意:国の為めに戦場に出で、痛手負ひたる将卒の身を如何なる薬をすゝめて救ふて
やるであらうか、赤十字隊もあることゆゑ、行届くではあらうが、心配のことではある、
との御意と拝す。
 
 「靖国神社御参拝の折」
 神垣に涙手向けてをがむらし 帰るをまちし親も妻子も
 
 大意:靖国神社の神垣に涙を手向けて拝んで居ることであらう、嗚呼それは戦場から
帰るを待って居た将卒の親や妻や子等である、国のために戦死のなき骸となって神社に
祀られた人々の親や妻や子等ではある、その心の察せらるゝことよ。
 
 「庭訓」
 たらちねの庭のをしへはせばけれど 広き世にたつもとゐとはなれ
 
 大意:父母の教育を受くる家庭は、狭いけれども、その狭い処で教訓されたことが、
やがて広い世間に立つ土台とはなるのであるから、家庭の教訓は大切のものである。
 
 「手習」
 幼子がならへばならふほどみえて きよくなりゆく水くきのあと
 
 大意:小さい子供が文字の手習をすれば、習ふ程効蹟が見えて、清く美しくなりゆく
筆の跡よ、これにつけても手習はすべきものぞ、との御意と拝す。
 
 「夕」
 つかさ人まかでし後の夕まぐれ こころしづかに書をみるかな
 
 大意:昼はいろいろと国務に忙しく、暇といふ暇はないが、役人共が退出せし後の夕
暮は、心も落ち着けて、静かに読書するのであるとの御意。
 
 「見花」
 司人ささぐるふみは多かれど 花見るほどのひまはありけり
 
 大意:毎日万機国務につきて内閣や枢府の人々(つかさ人)から差出す文書類は多く
あれども(多かれど)それを一々親裁する忙しさの間に、花を見るほどの暇はあるもの
であるよ、との御意。
 
 「夢見故人」
 したはしと思ふ心やかよひけむ むかしの人ぞ夢に見えける
 
 大意:日頃から慕はしいと思ふて居る心が通ったのであろう、今宵うれしくも昔の人
が夢に見えたわよ。
 
 「賎」
 おのが身を修むる道は学ばなむ しづがなりはひいとまなくとも
 
 大意:軽い身分のもの共は其の生業に追はれて少しの暇はなからうが、暇は無くとも
自分の身を修める道は、怠らぬ様に学びたいものではあるよ。
 
 「友」
 あやまちをいさめかはして親しむが まことの友のこころなりけり
 
 大意:過失あれば互に諌め合って、親しんで行くが、真実の友の心である。
 
 「夏夕」
 庭草に水そそがせて月をまつ 夏のゆふべは思ふことなし
 
 大意:庭の草に水をやって、晴れ渡る空に上る月を待って居る、さうした夏の夕の楽
 さ、唯だ好い心地で何の思ふこともない。
 
 「心」
 敷島の大和心のををしさは 事ある時ぞあらはれにける
 
 大意:わが日本国民の大和魂は、男々しいものであるが、平生はあらはれなくも、一
朝事のある時に、始めて外にあらはれるものではあるよ。
 
 「思往事」
 たらちねのみおやの御代につかへたる 人もおほかたなくなりにけり
 
 大意:父帝の御代より仕へたる臣下のものどもも大方亡くなってしまった、それにつ
けても父帝在せし往昔の事がなつかしくも思はれることよ。
 
 「祝言」
 受けつぎし国の柱の動きなく 栄えゆくよをなほいのるかな
 
 大意:天照皇大神より皇統連綿と受け継いで来りたまひし大日本国の基(国の柱)の
動くことなく万々歳まで栄えゆくは勿論ながら、なほ此上にも栄えを神明に祈ることで
あるよ、との御意と拝誦す。
 
 「夏山水」
 年々トシドシにおもひやれども山水ヤマミヅを くみてあそばむ夏なかりけり
 
 大意:年々夏が来る度に、涼しい山の清い水を汲んで心のどかに遊ばうかと、彼の山
此の水を思ひやるが、さて遊ぶ暇もなく、毎年夏の遊びをすることがないのであるよ。
 
 「寄道述懐」
 ふむ人はあまたあれども言の葉の 道の高嶺はたれかこゆらむ
 
 大意:言の葉(歌道)に志して其の道に踏み行く人は多くあれども、さてその高嶺を
越え、其の奧を窮むることは誰が能くするであらうかの御意。
 
 ○
 わけばやと思ひ入りぬる道にこそ 高きしをりも見えそめにけれ
 
 大意:是ならば進んで往かうと思こ込み決心した道であってこそ、初めて高い光明、
しるし(しをり)も見えるやうにならう、自分のこれはと決心して修業したことが一番
に奥義をも得られるのである、の御意と拝誦す。
 
 ○
 おのがじしつとめををへし後にこそ 花のかげには立つべかりけれ
 
 大意:各自のつとむるその日の職務を終へての後に、花の木蔭に立って遊ぶがよいで
はないか、働いた後に休息して花見をするが好い、との御意。
 
 ○
 若竹の生ひゆく末を思ふ世に 庭の訓ヲシヘをおろそかにすな
 
 大意:庭に生ふる若竹の生長してゆくその末のことを思ふ時は(世に)人のことゝて
も、家庭の教育をおろそかにしてはならぬぞ、との御意。
 
 ○
 とりどりに勇む若駒何れをか わがうまやにはひかむとすらむ
 
 大意:思ひ思ひ(とりどり)に若駒は勇み立って居るが、その中で、何の駒を、朕が
乗料ノリリョウとして厩に引かうとするのであらうか。
 
 ○
 あつしともいはれざりけりにえかへる 水田に立てる賎をおもへば
 
 大意:あゝ夏の暑い事であるわいとも言はれないことである、あの煮えかへるやうな
水田に、一生懸命に汗を流して働いて居る賎の百姓等の労苦を思へば、暑いとはいへた
義理ではないよ、との御意と拝誦す。
 
 ○
 いかならむことにあひてもたゆまぬは わがしきしまの大和魂
 
 大意:如何なる大事に会ふても、屈せぬは我が敷島の大和魂である、君の為め国のた
め、如何ならむ事も恐れざるは外国人の夢だに知らざる大和魂なり、此の大和魂は幾千
万年の後までも、この日本国民の血に流るゝものであるとの御意をあらはされたものと
拝して差支なしと信じ奉る。
 
 ○
 ちはやぶる神の心にかなふらむ 我国民のつくすまことは
 
 大意:神の御心に合ふことであらう、我国の民が皆一致して尽す誠の事は、必ず神の
御心に通ずるであらう、との御意。
 
 ○
 上つ世の御世のおきてをたがへじと 思ふぞおのがねがひなりける
 
 大意:皇祖皇宗の御代に定めたまひたる、御遺訓(おきて)を違はぬようにと心がけ
て居るのが、朕の希望であるぞ、との御意と拝す。
 
 ○
 思ふことおもふがままになれりとも 身をつつしまんことを忘るな
 
 大意:我が意の往く処一として聞かれざるなく、一として為されざるなく、思ふ事が
その思ひのまゝになるとても、思ひの遂げられるのに心を奪はれて、身の行ひを慎むこ
とを忘れてはならぬぞ、の御意。
 
 ○
 たらちねのおやの心はたもみな 年ふるまゝにおもひしるらむ
 
 大意:親の愛情といふものは、誰も皆子供の時は分明らぬでも、次第に年をとるまゝ
にそれがよく思ひ知られるであらうよ、との御意。
 
 ○
 いつくしとめでのあまりに撫子の 庭のをしへをおろそかにすな
 
 大意:可愛いと愛する余りに愛児(撫子)を大切になしすぎて、大事なる家庭の教訓
をなさずにおろそかにしてはならぬ、の御意。
 
 ○
 かぎりなき世に残さむと国の為 たふれし人の名をぞとどむる
 
 大意:限りもなき末の世迄も、国に尽くせし芳しい名を残さうと国事に殉じた勇士の
名を書き止めて置く、との御意。
 
 ○
 国のためいよいよつくせちよろづの 民の心を一つにはして
 
 大意:国の為めに専心一意、千万の国民こころを一致して力を尽せよ。
 
 ○
 目の見えぬ神に向ひて耻ざるは 人のこころのまことなりけり
 
 大意:目に見えぬ処の神に向って、俯仰天地に耻ざるは、実に人の心の真実なる誠の
心であるよ、の御意。

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