GLN町井正路訳「ファウスト」

「ファウスト」後編梗概

 第六場 宮殿の前、広庭
 篝火は諸処に燃えて居る、メフィストは監督者となって自ら労働者の一隊を指揮して 居る、乃ち海波を陸地から遮断せんと欲するファウストの希望を実現す可く努めて居る のである。
 
 ファウストは手捜りしながら宮殿から出で来ったが、彼は真夜中の暗きが為めに手 捜りするのでは無く、既に視力を失って居るようである、彼が最後の辞に曰く 「山嶽の麓を包囲して居た湿潤なる大沼は、さしも猛かりし害毒の鋒尖を挫いて降服して 了った、健康の敵たる此の悪沼の征服は、特筆大書するに足る可き成功である。 大沼は既に広漠たる原野に化した、数百万の住宅は此処を待ち設け、活動の舞台は ここに造られた、新に造られたる固き地盤の上に、移住蕃殖すべき人類と畜類とは、 漸次幸福を積載して農商工業を起し、やがて完全なる社会を形成し、ここに一個の 楽園を生ずるに至るであろう、然れども、楽園を構成したる大陸の端は、常に巨浪大波 の脅かす処たるを忘るゝ勿れ、其の勢力は咬むが如く、嚼が如く、絶えず蚕食しつゝある のである、而して此の勢力に対抗し得ると否とは社会発達に大関係がある、人間最高 の知識の応用、発展も亦こゝに在て存する。若し夫れ自由と活動とを獲得せんと欲する ならば、常に自由と活動とを支配するを要する、危険に包囲せられつゝ、青年より壮年 に、壮年より老年に移り行くは人間の常態である、余は今茲に新領土を建造しつゝある 繁忙なる人員を見て、如何に豊富なる将来を胚胎するかを知り、無限なる歓喜の情に 打たれるのである、余は過ぎ行く『瞬間』に向いて『汝の容貌の美しさよ、しばし止ま りて余に示せ』と呼ばんと欲する、此の世に於ける余が生涯の事蹟は万世不朽である、 あゝ斯の如く祝福の向上したる時に際し、最高度の『瞬間』を味い得たる嬉しさよ」 と。
 
 ファウストは大地に倒れる、レミュレス走り寄って抱き起したが、早や既に此の世の 人では無かった。
 
 これを見たメフィストは曰く「如何なる快楽も彼に満足を与えず、如何なる幸福も 彼に満足を与えなかった、追究亦追究、追究は彼が唯一の業務であった、而して彼の 最後の追究は最悪のものである、憫むべし、彼は空虚なる『瞬間時』を獲得せんと欲して 倒る、如何に優勢なりとは云え、此のメフィストと対抗して何の成就する処があろうか。 約束履行の時は到達した、老いたる彼の屍は塵の中に横わって居る、時計は音なく して黙然たりだ」。
 
 合唱「然り、黙然たり、静寂なること深夜の如し、時計の指針は落ちたるよ」。
 
 此の時天軍より来ってメフィストと争う、メフィストの背後には多数の悪魔が狂って 助勢する、しばしの間はファウストの霊は果して何れの有たるやを危ぶましめたが、 終に天軍凱歌を奏して飛去る、後にはメフィスト、唖然として周囲を見廻はして独語 する「おやおや、もう何処かへ飛んで了いやがった、乃公も老衰(としと)ったわい、 若い奴には敵(かな)わぬ、彼奴等却々味をやるな、乃公がまたと得難い貴重な餌を 拉去(とりさ)られたのは残念だ、質に取った大事なしろ物、持ちこたえた甲斐も無く、 ……実に忌々(いまいま)しいわい、併し泣言(なきごと)云っても追付かぬが、 骨折て笑われ物とは此の事だ、これも自業自得と諦めるより仕方が無い、まだ運が 向いて来ないのだ、いや、やり方も頗るまずかったな、何にしても莫大な費用を投じ て、馬鹿馬鹿しい、古狸が狐につまゝれたと来ては滑稽も極だよ、朝飯前の児戯 (じぎ)に類した仕事に、貴重な時間を費して全力を傾注した結果は依て如件 (くだんのごとし)かね」。
 
 第七場 山の峡(かい)、森林、岩窟、荒野
 仙人、天使等登場、悔悟せる女子の一隊中に、マーガレットを見受くる、彼の女は ファウストの救われたことに就て大に喜んで居る。
 
 こゝで登場人物が述べる文句は、例の美文で優秀なものであるが、例に依て相互何等 関係無きが如く、又ファウストに対しても別に何等の意味無きが如き、誠に妙である。
 
 
 ファウスト後編梗概 完

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