GLN町井正路訳「ファウスト」

第二十二場 ワルプルギス夜の夢

 オベロン王とチタニヤ王妃の金婚式
 
 間の狂言
 
座主
 今日の舞台は山と谷、
 年古りたる山々と、
 細霧(さぎり)立ち罩(こ)めたる谷の中、
 ミージングの健児、
 道具方は暫し休うべし。
 
使者
 王と王妃とまみえてより、
 早や過ぎにしや五十年。
 御不和解けさせ給いしは、
 金婚の式挙げらるゝ、
 目出度さよりもいやまして。
 
オベロン
 御仲既に和解しぬ、
 金婚の式は挙げられぬ。
 精霊は出でゝ祝うべし。
 
プック
 仰せに従い早や参上、
 プックの踊り足拍子、
 百鬼は続いて出ずるなり。
 
アリエル
 天の如く清らけき、
 調子を歌ひ参らせん。
 楽の力は醜も美も、
 一時に誘い集むべし。
 
オベロン
 夫婦の仲のむつまじく、
 希わん者はオベロンの、
 例に習いてしばしの間、
 別れ別れに居らしめよ。
 
チタニヤ
 殿御がむずかり遊ばして、
 妻がいら立ち怒りなば、
 妻は南へ夫は北へ、
 別れ別れに居らしめよ。
 
奏楽隊  (最高音合奏)
 吻もてる蝿、鼻ある蚊、
 楽友なりし葉の間の蛙、
 かてゝ加えて藪蟋蟀(やぶこおろぎ)、
 何れも選手の楽師なり。
 
独琴
 あれ見給えや袋笛、
 石鹸(しゃぼん)の泡球(あわ)にさも似たる、
 扁(匚+扁)鼻の如き袋より、
 出だす声音をきゝ給え。
 
生れたての霊
 我が足は蜘蛛のごと、
 我が腹は蟾蜍(せんじょ、ひきがえる)のごと、
 羽のみ何ぞ小なるや。
 物の形はなさねども、
 好詩題とやはやされん。
 
恋仲間
 馥郁たる花の上、
 蜜の露をば踏み越えて、
 歩むよりも跳ぶが得手、
 近く吾等は飛付くも、
 大空高くは覚束な。
 
探奇旅行家
 これはこれ仮装茶番と覚えたり、
 眩ゆくばかり華美(はでや)かな、
 オベロン鬼神のおわするよ、
 眼の誤りか不思議なり。
 
正教徒
 爪も無ければ尾も見えず、
 オベロン鬼神に紛いなし。
 神々の列をぬけ出でゝ、
 妖魔の中におわするは。
 
北国詩人
 疑問の多き今宵の光景、
 写し置くべしありのまゝ、
 さは去りながら伊太利へ、
 旅路の準備致さばや。
 
潔癖家
 かゝる所へ来りしは、
 運の拙き限りなり。
 此の騒乱は何事ぞ、
 妖魔の数は数知れず、
 化粧したるは唯二人。
 
若き妖女
 晴着を着るも化粧するも、
 やせ衰えし老体を、
 隠さん為めのものなれや、
 されば妾は山羊に乗り、
 見事な裸体を露わせり。
 
主婦
 大言壮語は止め給え、
 喧嘩(いさかい)なすは好まねど、
 一言(ひとこと)云わん御身たちは、
 今こそ若く美わしきも、
 やがて老いぼれ果てぬべし。

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