マーガレット
其れはそうと、あの御一所に御出でなさる貴郎の御友達は、本当に厭(いや)な方
だわ。 ファウスト 何故(どうして)。 マーガレット あの方は心(しん)から嫌いです、是迄あの人の顔ほど妾の心に苦痛を与えたものは ありません。 ファウスト 何も怖がるには及ぶまい。 マーガレット あの方が御見えになると悚然(ぞっ)とします、妾はあの人には、何かして上げよう と云う気になりません、貴郎に御目に懸かりたいと思う程、あの人を恐ろしく感じます、 どうも悪漢の如(よう)に思われてなりません、若しそうで無かったら、神様どうぞ 妾を許してください。 ファウスト あんな人間も亦居なけりゃならぬものです。 マーガレット 妾はあんな人と暮したくありません、いつ御出になっても、嘲弄的で半ば憤激して居る と云う風です、だから苛旦(かりそめ)にも物に同情を持つことが出来ないでしょう、 あの人の顔を御覧なさい、他人(ひと)を愛することは出来ないと書いてありますよ、 こうして御側(そば)に居りますると、妾は何の心配もなく、気が緩りとして、御嬉しゅう 御座いますが、あの方が御見えになると気が鬱(ふさ)いでしまいます。 ファウスト 御前(おまえ)は先見に富んだ天使だね。 マーガレット あの人に会う度毎に、嫌と思う念(こころ)が強くなりまして、最早(もう)貴郎をも 愛すまいと思う位です、それに、あの人の居る処では祈祷をする事が出来ません、之は 不思議で御座いますね、ハインリヒさん、貴郎もそう御思いなさるでしょう。 ファウスト はゝ、お前と性が合わぬと見えるね。 マーガレット もう妾は帰らねばなりません。 ファウスト あゝ、暫しの間で宜いから、心置なく御身(おまえ)の側へ寝かしてくれないか、 心と心、胸と胸とを着けたいものだ。 マーガレット まあ、妾が独で居るのですと、御意の通り今夜戸締りをせずに置くのは御安いことで すが、母は夜中昏々(うとうと)致して居ります故、若し見付けられたら、妾は其場で 死なゝけりゃなりません。 ファウスト お前は本当に無邪気だね、其の事なら心配なし、此の瓶を御覧、お母さんの飯料に 僅か二三滴落として置けば、甘く熟睡して了うよ。 マーガレット 有仰るとおり何事でも致しましょうが、然かし母の身に障らねば宜しゅう御座い ますが。 ファウスト 障る様なものを勧めるものか。 マーガレット 貴郎、妾はまあ、どうしたんでしょう、貴郎の御顔を見たばかりで、御意(ぎょい) に従わねばすまないと云う気になるのですよ、ほんに妾は心の丈を尽して、もう余す所 はないのです。 マーガレット退場し、メフィストフェレス登場する。 |
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