マーガレットは庭園の東屋(あずまや)に駆込み、戸の後ろに隠れて、
指先を唇に当てゝ、裂隙(すきま)から覗いて居る。 マーガレット あの方が来てよ。 ファウスト (東屋に入来る) あゝ、悪い人だ、酷く僕をじらして、さあ、つかまえたぞ。 (娘に接吻する) マーガレット 御嬉しう御座います、妾は心から愛しています。 メフィスト東屋の外で戸を叩く。 ファウスト (怒って地だんだを踏みながら。) 誰だ其処へ来たのは。 メフィスト 貴君の朋友です。 ファウスト 畜生。 メフィスト もう別れねばならぬ時です。 マルタ (進み来りて) 紳士、もう晩(おそ)う御座います。 ファウスト 私は御送りしましょう。 マーガレット でも御母さんが……、さよなら。 ファウスト では致方(しかた)がない、帰ろう、さよなら。 マルタ さよなら。 マーガレット お近い内にまた御目にかゝりましょう。 ファウストはメフィストと共に辞し去る。 マーガレット まあ、あの方は何事(なん)でもよく知っていらっしゃるんですよ、何を仰ゃっても 妾は返事に当惑して、只だ「はい」と申上げる許りなの、でも妾の過ちは皆許してくだ さったわ、妾はまあ、何と云う愚物(ばか)な憐れな娘でしょう。今日はあの方が妾を 何と思い遊ばしたか解り兼ねるわね。 (マーガレット立去る) |
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