GLN町井正路訳「ファウスト」

第六場 魔女の厨房

メフィスト  (ファウストに向い) 貴君(あなた)は此の可愛らしい動物を何だと思いますか。
 
ファウスト  嫌でたまらん、声も形も容貌も。
 
メフィスト  私は妙味ある彼等の話を聞いて、多大の趣味を感じます、 (猿猴に向い)汝等呪われたる傀儡共、何故そんなに粥の中を 攪拌すのか。
 
猿共  はい、乞食のスウプを煮て居ります。
 
メフィスト  それじゃ御得意様がさぞ大勢出来るだろう。
 
牡猿  (近より来てメフィストに媚びて)
 投すべきかな君骰子を、
 我が願う所は富にあり、
 拍子よければ我勝たん、
 運拙くて見る影もなし、
 持つべきものは黄金なり、
 賢愚の差別もこれよりぞ。
 
メフィスト  此奴は富籤に入るのを無上の幸福だと思うて居るのか。
 
 小猿等は其間に大きな珠を弄んで夫を前へ転して行く。
 
牡猿
 此世の態は球なれや、
 昇りては且つ降り、
 転び転びて絶間なし、
 球の内部は空なるか、
 玻璃に等しき響きあり、
 見よ噴火しぬ此の山を、
 かなたも亦眩くばかり、
 今活々と見ゆれども、
 やがて熱去り冷却し、
 粛寂たらんは時の間ぞ。
 
 止めよ遊びをいとし子等、
 運命既に読み得たり、
 われは今日生あれど、
 なれも亦死はまぬかれじ、
 地球は粘土(つち)より造られて、
 遂には砕片とならんのみ。
 
メフィスト  其の篩は何の役に立つんだ。
 
牡猿  (篩を取下ろして) 若し貴君が盗賊なら此篩で見ると直に知れるのです。 (牡猿は牝猿の傍に行き篩をのぞかしめて) 篩をすかして見ろ、盗賊を認めぬか、但し又見えても呼ぶを憚るのか。
 
メフィスト  (火の傍に進みより) 此の鍋は。
 
牡猿、牝猿  実に愚物の骨頂だ、此の鍋を知らないのか、ではあの釜も分るまい。
 
メフィスト  無礼千万な獣め。
 
牡猿  さあ此の羽箒を御持ください、まあ此の腰掛に御かけください。
 
 牡猿はメフィストフェレスを坐らせる。

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