GLN町井正路訳「ファウスト」

第三場 書斎

妖怪等(廊下に歌う)
 係蹄(わな)にかゝれる狐狸のごと、
 我が地獄の古猫ぞ、
 独り家内に捕われぬ、
 心して外に立ち、
 彼にならひて行く勿れ、
 彼方に跳び周り、
 上へ下へと飛び行かば、
 かゝれる係蹄をゆるまなん、
 能い得べくば救けよや、
 彼の君等に尽しゝ幾度か。
 
ファウスト  四元の呪文を唱えて畜生を退治してやる。
 
 燃えよ火神、サラマンデル、
 蜿蜒たれ水神、ウンデネ、
 消え失せよ風神、シルフェ、
 動き疲れよ地神、コボルト。
 
 此奴め四大元素の威力特質を弁えぬのだろうか、些も呪文のきゝめが見えぬ。
 
 火焔に消えよ火の神よ、
 滔々として流れよ水の神、
 流星美を輝かせ空の神、
 家業にいそしみ労れよ地の神よ、
 犬に憑ける霊よ抜け去れよ。
 
 四大元素り唯一つも畜生に宿って居らぬ、奴め平気で横になって、白眼(にらん)で 居る、よし夫ならもっと強い呪文を聴かしてやる。
 
 汝(いまし)地獄(よみ)より逃れて来つるものあらば、
 見よや、地獄の魔軍も恐れ戦く此の符号。
 
 やあ奴め剛毛を立てゝ膨大(ふくれ)て来たぞ。
 
 凶悪なる者よ、神の符号を読み得しか、
 其は創られず、云うべからず、
 而も満天に瀰漫して、
 罪に刺されし者なるぞ。
 
 妖精は呪文に苦められて象の様に膨張し、煖炉の後一面に拡った、而して霧の様に影 がぼんやりして、殆ど消えなんとして居る、こら天井に昇るな、俺の足下に跪け、俺は 無意味に威張るのじゃないぞ、三度火神に焼かれるのを待て居る馬鹿があるか、愚図 々々すると苛い呪文を唱えてやるぞ。

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