GLN町井正路訳「ファウスト」

第一場 夜

No.3地の精霊とファウスト
 
精霊  我を呼んだは誰か。
 
ファウスト  (面を背けて)恐ろしい姿だなあ。
 
精霊  お前は強てこの俺を祈り出したのではないか、お前は我領界から永らく食料を吸い 取って、然るに今………。
 
ファウスト  おゝ、怖ろしい、最早見る勇気もない。
 
精霊  お前は我が姿に接し、我が声を聞き、我が顔を見ようとして熱心に祷ったではないか、 俺は貴様に祷り出されて這裡(こゝ)に現われ出たのだ、あゝ半神のファウスト、 如何なれば憐むべき臆病心に取り付かれたるぞ、汝が霊魂の叫びは何処にある、 一世界を創り、之を支え之を養い居った汝の胸は何処にある、歓喜の震動に吾等精霊と 同列に漲り膨れた其胸は何処にある、声を振わせ全力を挙げて我に逼ったファウスト、 お前は何処に居る、我を認めて死なん許りに戦慄へ、臆病に悶え苦しむ虫は汝であるか。
 
ファウスト  おのれ火焔の姿め、俺は決して負ける気はないぞ、汝の匹敵者ファウストは俺だ。
 
精霊
 人生の潮流と行為の嵐の中に、
 われはしも波と漂い、
 梭(ひ)の如く自在に飛び交う、
 生と死と限り知られぬ海原を、
 飛び行く時の其の筬(おさ)に、
 変遷の機踏鳴し、
 大神の衣ぞわれは織る。
 
ファウスト  広漠たる台地を遍歴する多忙な精霊よ、俺も丁度君の様な者だ。
 
精霊  貴様は自分で想うて居る精霊の如きものだ、決して我の様なものではない。
 
 地の霊消ゆ。

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