GLN町井正路訳「ファウスト」


 如上苦心研究の翻訳であるに拘らず、固より文学者で無い其の上に、 浅学鈍才の悲しさには、自分自身でさへも十分の満足を得る効果 を得ないのは、衷心まことに安からぬ次第であるが、それにも拘らず、 茲に本書を刊行するに至ったのは、また聊か期する処があるのである。
 
 既往に於て現われた「ファウスト」の邦語訳は、先輩高橋五郎氏の手に 成ったのと、我が新渡戸先生の分とであるが、先生のはその題号の示す如く 「ファウスト物語」として平易に且つ面白く「ファウスト」の内容を紹介 せられたので、何人も興味を以て読むことが出来るのであるが、 高橋氏訳の分は原書と同じく頗るむずかしいもので、素人には到底難解 たるを免がれぬ、聞く処によれば又文芸委員会の事業として、近い内に 鴎外森博士の訳も現われるそうであるが、これは又其の道のオーソリチー たる博士のことであるから、充分に読書子を満足せしむることは勿論 であろうと思われるが、併し云う迄も無くそれは韻文であろうし、又 専門的であって、素人に対しては矢張り難解であろうと思わるゝのである。
 
 之を要するに、今日の趨勢より見て、「ファウスト」の読者 −  渇仰者は今後益々増加するであろう、増加すると共に彼等の最も必要を 感ずるものは「散文」邦語訳の「ファウスト」であろう、彼等が独逸原書に 拠て「ファウスト」を読まんとする時、其の座右に散文邦語訳を置くの必要を 切実に感ずるであろうことは、自分が十余年の経験に依て推定する処である、 乃ち這般の必要を感じつゝ、自分は不十分ながらも − 或程度までの 成果を収め得たのである、其の収め得た成果、即ち苦心研究の成果は、 自分としては空しく埋没し置くに忍び無い感がある、乃ち同憂を抱く同好の 士に提して、共に「ファウスト」を研鑽するの一資料となさまく欲し −  読むに随って訳して置いたものを此度訂正して、梓に上せたのが即ち本書 である、で本書は勿論あらゆる点に於て杜撰を免がれ得ぬであろう、其の点は 謹んで先輩諸氏の教示を仰ぐ。
 
 上述の次第であるから、自分は本書の出版に就ても書肆(しょし)の手を 煩わすに忍び無い、乃ち自ら乏しき嚢底(のうてい)を悉して、挙げて 本書出版の資に供し、漸くにして茲に刊行し得たのである。読者幸に 自分の微意を諒せよ。

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