12 奉幣・幣帛・神馬
 
[奉幣]
奉幣とは、幣帛を神祇に献ずるを謂ふ。其の物の種類は別に幣帛篇ありて之を詳にせり。
凡そ朝廷に於て幣帛を班つには、掌侍先づ神祇官に往きて之を裹ツツみ、主上之に臨み給
へり。其の使は臨時の奉幣には、汎く五位以上の人を卜して之に充つれども、或は其の
社に因りて姓氏の定れるものあり。伊勢神宮の王氏に於ける、宇佐大神の和気氏に於け
るが如し。
而して奉幣には宣命あり、また社に因りて其の紙を異にするものあり、伊勢神宮には縹
色ハナダイロを用ゐ、賀茂神社には紅色を用ゐ、其の他は黄色を用ゐるが如し。
要するに、奉幣には諸社の奉幣あり、一社の奉幣あり、私家の奉幣ありて、其の事たる
実に夥しく、常祀に、臨時祀に、凡そ祈る所あり、祭る所あれば輙スナハち奉幣せざるはな
し。
今は其の中に就きて一端を挙ぐるのみ。
 
朔幣は、毎月の朔日に其の国の神社に奉幣するものにして、多くは国司の部内の神を拝
するに係れり。而して朔幣田は其の費用に供するものなり。
 
[幣帛]
幣帛ミテグラは、神祇に奉献する物の総称なり。其の別を挙ぐれば、布帛あり、紙あり、玉
あり、兵器あり、或は貨幣を以てし、或は器物を以てし、また獣類を以てすることもあ
り。而して布帛には、青丹支手、白丹支手と称するものあり、丹支手ニギテは熟布の謂に
して、青は熟麻布を云ひ、白は熟楮布を云ふ。
 
凡そ布帛を献ずるには、多くは之を串に挿めり、之を忌串イクシと云ひ、また幣串と云ふ。
後世金銀若くは白色五色等の紙を幣串に挿みて、之を御幣と称するに至りしは其の遺制
なり。
また奴佐ヌサあり、木綿ユフ。奴佐は専ら行旅の安全を神祇に祈請する時に用ゐるものにし
て、布帛を細截して之を袋に納れ、道路に散して神に供ずるものなり。其の袋を奴佐袋
と云ふ。
木綿は幣帛と為すのみにあらず、祭祀に於て其の用最も広し、其の榊に懸けて神前に供
ずるもの、之を玉串と云ひ、また美称して太玉串とも云へり。また神官の襷と為し、及
び鬘と為すことあり。
 
みてぐらは わがにはあらず あめにます 豊をか姫の 神のみてぐら 神のみてぐら
みてぐらに ならましものを すべ神の 御手にとられて なづさはましを なづさは
まはを(神楽歌 採物)
 
布帛為幣
天雲の 向伏ムカフす国の 武士モノノフと 云はれし人は 皇祖カミロギの 神の御門ミカドに 
外重トノヘに 立ち候サモラひ 内重ウチノヘに 仕へ奉りて 玉葛タマカヅラ 弥イヤ遠長トホナガく 祖
オヤの名も 継往物ツギユクモノと 母父オモチチに 妻に子等コドモに 語カタラひて 立ちにし日よ
り 帯乳根タラチネの 母の命ミコトは 斎忌戸イハヒベを 前にすゑ置きて 一手ヒトテには 木綿
ユフ取り持たし 一手には 知細布ニギタヘ奉り 平らけく ま幸サキく坐せと 天地の 神祇
カミに乞祷コヒノミ(下略)(萬葉集 三雑歌)
 
白妙幣
神まつるやどのうのはな白たへの みてぐらかとぞあやまたれける
                          (拾遺和歌集 二夏 貫之)
 
由布ユフ
さかき葉にゆふしでかけてたがよにか 神のみまへにいはひそめけむ
                            (拾遺和歌集 十神楽)
 
ゆふかけておもはざりせば葵草 しめのほかにぞ人をきかまし
おほんかへし
しめの内をなれさりしよりゆふだすき 心は君にかけてしものを(和泉式部集 三)
 
春の日も光ことにやてらすらん 玉ぐしの葉にかくるしらゆふ
                  (風雅和歌集 十九神祇 皇太后宮大夫俊成)
 
かしこまるしでに涙のかゝるかな 又いつかはと思ふあはれに
                      (玉葉和歌集 二十神祇 西行法師)
 
奴佐ヌサ
ありねよし 対馬の渡り した中に 幣ヌサ取り向けて 早ハヤ還へりこね
                              (萬葉集 一雑歌)
 
佐保過ぎて 寧楽ナラの手祭タムケに 置く幣は 妹をめかれず 相ひ見しめとぞ
                              (萬葉集 三雑歌)
 
千磐破チハヤフル 神の社ヤシロに 我が掛けし 幣は賜タバらん 妹にあはなくに
                              (萬葉集 四相聞)
 
ちはやふる かみのみさかに ぬさまつり いはふいのちは おもちゝがため
                               (萬葉集 二十)
 
此たびはぬさもとりあへず手向山 紅葉のにしき神のまにまに
                   (古今和歌集 九羇旅すがはらの朝臣道真)
 
わたつみのちぶりの神にたむけする ぬさのおひ風やまずふかなん(土佐日記)
 
あだ人の手向にをれる桜花 あふ坂まではちらずもあらなん
                    (後撰和歌集 十九離別 よみ人しらず)
 
春霞たちわかれゆく山みちは 花こそぬさとちりまがひけれ
                      (拾遺和歌集 一春 よみ人しらず)
 
いまぞしる手向の山は紅葉ばの ぬさとちりかふ名にこそありけれ(藤原清輔朝臣)
からにしきぬさにたちもて行秋も けふや手向の山路こゆらん(瞻西上人)
                             (千載和歌集 五秋)
 
さと人のおほぬさこぬさたてなめて むまはたむすぶのべに成ぬる
                      (夫木和歌抄 二十二雑 西行上人)
 
いまひとめいもをみむろの神にこそ ぬさとりむけていのりわたらめ(衣笠内大臣)
あふさかの関もる神にたむけせし ぬさのしるしはこよひなりけり
                            (皇太后宮大夫俊成卿)
                           (夫木和歌抄 三十二雑)
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