03c 日本の神々と易・五行〈その2〉
 
2 鬼と季節の転換呪術
(1) 季節の転換呪物としての鬼と童児
 明治時代以前においては,季節の順当な推移・転換こそ,あらゆる民生の根幹でした。
とりわけ冬から春,旧年から新年への転換が重要視され,この転換を促す呪術,或いは
祭りが各地において盛大に行われてきました。
 ア 土牛童子
 「政事要略」には,「陰陽寮式によると,土牛童子等の像(これは内匠寮に要請して
用意する)を大寒の日,前夜半時に宮中の諸門に立てる。(即ち,東の陽明・待賢二門
には各青色の土牛童子,南の美福・朱雀二門には赤色,郁芳・皇嘉・殷富・達智の四門
には黄色,西の談天・藻壁の二門は白色,北の安嘉・偉鑑二門は黒色である。)そうし
て,立春の日,前夜半時にこれを撤去する。」と陰陽式で云っています。
 その説明は,「これらの土牛童子は,皇宮十二門のうち,八門には東西南北各方位の
色のものを立てる。しかし,うち四門は黄である。黄は土気の色だからである。「五行
大義」によると,未・辰・丑・戌は土気の位クライ,従って土気の位に当たる四門には黄色
のものを立てる。・・・・」です。
 中国の「礼記」では東北隅の達智門のみに土牛を立て,前述の日本の「陰陽寮式」で
は十二門の全てに方色の土牛童子を立てています。共通なのは「丑月という時季に土牛
を門に立てる」ということです。
 童児は旧年(丑)と新年(寅)の複合体で,牛が単に旧年・水気・冬・寒気・陰の象
徴であるのに対し,寅を含む童児には以上の丑の本性に加え,木気の新年・春・暖気・
陽の各要素がみられます。「土牛童子」は季節と年の推移転換において,より相応しい
呪物なのでした。
 この童子は勿論人形ヒトカタであり,土偶に過ぎませんが,重要な祭具であり,呪具でし
た。またこの童子土遇はそれ以後における日本の童児祭祀の濫觴ランショウとも推測されま
す。
 「土牛童子」の陰陽寮官人による宮廷の季節の転換呪術は,民間の仏教行事として修
正会シュショウエ,修二会シュニエとか,「おこない」ともいって,その結願ケチガンに当たっては大
抵鬼が出ることになっています。
 イ 修正会などと鬼
 鬼の出てくる修正会などには,次のようなものがあります。
  奈良県磯城シキ郡初瀬ハセ町長谷寺の「だだおし」
  摂津国(兵庫)長田神社の「鬼追い」
  岩手県水沢市黒石寺の「鬼子祭り」
  愛知県南設楽郡鳳来町鳳来寺の田楽「鬼踊り」
  東京都浅草浅草寺センソウジの「亡者送り」
 
(2) 春を招ヨぶ鬼
 前述の5例は何れも正月の祭りで,迎春呪術です。稲作民族として季節の順当な推移
程その民生にとって願わしいことはありません。その四季の規則正しい推移,中でも最
も重要とみなされる冬から春,旧年から新年への移り変わりについては,力を尽くして
効験の著しいと考えられる呪術を修法したのです。
 鬼は変化宮としての丑寅の造形です。祭りに鬼を登場させ,次の段階においてそれを
追い払うことは,冬(丑)から春(寅)へと法則のままに推移する自然の動きを,人間
の側からも手を貸して促進することになるのであると,先人達は確信していました。
 
(3) 鬼の性格分析
 前述の「鬼追い」などや,「丑寅の鬼門」の鬼は,異相の異界の妖怪,悪しきものの
代名詞としてされています。また死者を帰人といい,死ぬことを鬼籍に入るといって人
が死んで形を失ったもの,即ち死霊が鬼とされて恐ろしいものと人々は認識しています。
 しかし宇宙の永遠性は輪廻によって保証され,その輪廻は陰陽の転換によるという古
代中国の世界観に立つ限り,陰陽の境をなす丑寅の造形としての鬼は,その転換の担い
手に過ぎず,本来,その本質の中に善悪の道徳性などは持ち込まれる筈のないものです。

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