11a 乃木将軍詩歌集「短歌」
 
 いとまあらば君も一度來て見ませ
 那須野が原の雪のあけぼの
 
 勇ましき弓張月に引きかへて
 影もさびしき片われの月
 
 明治三十五年一月三十一日の作。寺内中将より
 「時おりは來ても見ませよ都路の 柳にかゝる弓張の月」
の歌を送られ、その返歌として詠まれた。
 
 物憂モノウクもまたたのしくも聞人キクヒトの
 こゝろごゝろに鳴くほとゝぎす
 
 明治三十五年六月三十日の作。
 
 民草タミクサの汚ケガれをあらふ雨にしあれば
 朽クチ果てぬ間にそらも晴なむ
 
 明治三十五年八月十二日の作。
 
 春おそき此コノ山里に住人スムヒトは
 秋のもみぢを早く見るらむ
 
 春おそき里にすむ身は幸もありて
 秋の紅葉モミジに早く逢ひけり
 
 山里に花咲ハナサク春はおそけれど
 秋の紅葉は早く來にけり
 
 右三首は、明治三十五年九月十二日の作。
 
 いでませる吉備キビの宮居や守るらむ
 くまなく照す弓張の月
 
 朝まだき岩が根木の根ふみさくみ
 誰かこゆらむ吉備の中山
 
 右二首は、明治三十五年十月、天皇が九州における大演習御統監のため、御西下の御
途次、岡山地方に御駐輦あそばされた時、陪従の将軍が詠まれたもの。
 
 ほのほのとあけぬるかたを見渡せば
 たまの二島海にうかびて
 
 ほのほのとしらむ波間を見渡せば
 たまの二島うき出イズる哉
 
 朝日かげむかしながらに匂ふかな
 豊浦の里のかりの宮居に
 
 山姫もみきまちけむみねみねに
 にしきの幕を引きわたしたる
 
 「峯紅葉」の題がある。
 
 さしのぼる波間の月をそのまゝに
 このかり宮のみあかしにせむ
 
 「海上月」の題がある。
 
 野に山に討死なしゝ友人の
 血の色見する木々のもみぢ葉
 
 「明治三十五年十一月九日、御輦に随ひ奉りて木葉植木の古戦場を過る折に」と端書
がある。
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