04c 修験道と道教
 
〈結〉
 以上縷々述べてきましたように,修験道においては成立期には神仙思想や仙人譚,確
立期には峰入作法,里修験の間においては呪法や符,全体を通じて薬などの面において
道教の要素が認められました。ところで,最後に修験道のみならず,わが国への道教の
伝播の在り方を示す興味深い史実を紹介しましょう。元文四年(1739)二月戸隠山別当
乗因は,一山衆徒からの非義を企てたとの申立てにより,輪王寺門跡によって八丈島に
配流されました。乗因(1683〜1739)は幼にして比叡山に上り,二十年に亘って修行し,
山王一実神道の学匠宣存からその秘法と教典『山王要略記』を授かりました。その後東
叡山に住した後,享保十二年(1727)戸隠山五十五代別当となって勧集院に住しました。
 戸隠山を統轄した乗因は老子の『道徳経』を聖典にし,太上老君玄元皇帝を拝すると
云うように,道教を中核とした「修験一実霊宗神道」を提唱しました。そして修験の開
祖役子角は老子,戸隠の開山学問行者は張天師の再来としました。学問行者は役小角か
ら長生法を学び白日昇天したともしています。一実霊宗の宗名は『道徳経』の「神得一
以霊」から採り,彼自身一実道士又は霊宗道士と名乗りました。また『道徳経』の慈・
倫・後の三宝を重んじる教えを同宗の根本倫理としました。そして戸隠山本社,奥院,
手力雄尊社に『道徳経』を納めました。また戸隠山中社の南一里の別当の里坊屋敷近く
の尾上の滝を那智滝に準えて熊野権現を勧請し,其処に神国第一の道観上清宮建立し,
黄金の老子像を祀ったと云います。このように乗因はいわば「修験一実霊宗神道」と云
う名の下に,戸隠山に成立道教の教団を樹立しようとしたのです。ところがこれが一山
の反発を買い,非義として配流されたのです。なお八丈島配流後の乗因は,道教から学
んだ方法によって薬草から薬を作り,島民から慕われたとされています。
 本稿において紹介しました修験道における道教の摂取の仕方と,この乗因の事件を照
らし合わせて観ますと,修験においては道教を成立宗教の形で,即ち教祖・神格・思想
・儀礼・施設・組織を含めた全体として摂取することはしませんでしたし,成し得なか
ったと云うことが出来ます。修験道においては道教を全体的に受け入れたのではなく,
寧ろ必要に応じてその構成要素をばらばらに摂取したと考えられるのです。即ち修験道
には山岳修行により験力を体得し,それを行使して人々の救済を図ると云う基本構造が
あり,その枠に位置付けて道教を摂取したのです。今少し具体的に云いますと,修験道
においてはまず験力を体得したことを示すために,その意味付けとして神仙思想や仙人
譚を摂取しました。そして次には峰入の技術として道教の入山術を,また験力の行使の
際の技術としての道教の法術を摂取しました。尤もこの技術と併せて,その根底にある
道教の道の思想をも摂取しました。
 修験道における道教の摂取の仕方がこうした形態を採ったのは,修験道と道教が本質
的には共に民俗宗教であったことによると考えられます。そこで最後に今一度冒頭に述
べましたわが国と中国の民俗宗教の在り方に照らしてこの問題を検討することにしまし
ょう。そうしますとわが国の民俗宗教には,まず神を祀り託宣によりその指示を受ける
宗教(神道)と,祭り事によりその指示の実現を図る政治に連なる宗教とがあります。
そして更にこの根底には,道と云う観念が潜んでいると考えられます。この道に関して
は,陰陽五行や卜占などにより道の状況や道に適った生活の在り方を知る陰陽道と,修
行によって自己の一身に道を体現したり,道にもとった行いをしたことから起こった災
厄を除く技術と結び付く修験道が存在します。こうした意味において修験道の験力の体
得やその行使の技術の根底には,道の思想が存在するのです。
 一方中国の民俗宗教においては,祭天や祖先祭祀更には,その根底にある秩序維持の
政治思想と関係する儒教と,道の在り方やそれに関わる技術を中心とする道教土が存在
します。尤もわが国の神道・陰陽道・修験道,中国の儒教・道教は何れも民俗宗教です。
それ故中国の側においては儒教や道教を特にわが国に布教することを必要としませんで
した。寧ろわが国の側がその道の思想や技術を摂取しようとしました。その際特に秩序
維持の政治思想を含む儒教は為政者によって積極的に採り入れられました。それに対し
てわが国において成立した陰陽道においては,道教の中の讖緯説や陰陽五行説,方術,
医術などの技術を必要に応じて摂取しました。一方,修験道においては山岳修行におい
て得る験力の意味付けのために道の思想・神仙思想・仙人譚,験力獲得の技術として入
山術,験力行使の技術として呪法や符術を摂取したのです。そして修験道はこうした道
教の要素を個別的に包括 encapsulation することによって成立・展開して行ったと考え
られるのです。

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