51 日本の歴史と神話・伝説
参考:新人物往来社発行『日本「神話・伝説」総覧』
新人物往来社発行『日本「神話・伝説」総
覧』を参考にさせていただきました。
本稿には本書のうち、主として「伝説」に
該当するものと思われるもののうち、SYSOPの
印象に残った記事を収録しました。 SYSOP
[日本の歴史と神話・伝説]
〈神話・伝説の合理化〉
神話の概念は、それほど明確ではなく、広く伝説や昔話も包括することすが出来ます。
記紀(古事記と日本書紀のこと)の神代巻に載せられているわが国の神々の物語につい
て言いますと、これらが神祭りの機会に語り伝えられるような一定の形式を持っている
とは言い難い。しかし当時の人々が、その内容を信じて、後世に伝えようとした趣旨は、
恐らくあったでしょう。幾つかの物語が現代にも伝承されています。例えば、祭りの神
楽に必ずと云ってよいほど登場する天の岩戸や八岐大蛇の物語などは、祭儀の由来を説
明するものですが、一般には、我々はこれらの物語が伝説として記憶されていたことと
了解しています。伝説について別の表現では、言い伝えとか由来とすることが可能です。
神話は古代社会に属するのに対して、伝説は永い時間が経過した後、後世の人々が前代
からの語り伝えや信仰・祭儀について解釈を施した内容であり、伝説研究は、史実との
照合や或いは混同するする傾向があって、なかなか客観的に捉える基準に達しないと云
う憾ウラみがありました。
それでも伝説は、日本国内で数多く収集されており、わが国文化を語る際に欠かすこ
との出来ない素材となっています。第一に、ある時代の出来事を地域社会の人々が記憶
にはっきり留めて置きたいと云う意志の反映があります。それが具体的な事物に結び付
いて語られるのです。形の変わった岩石、老木、泉など、現在それが存在していなくて
も地名として残存している事例は多い。その土地の特定の事物や人物について語られて
いるので、土地の人々は他の土地とは異なった歴史が其処にあったと考えています。こ
れが伝説の持つ独特の魅力となっています。第二に、地域の人々がある程度まで信ずる
に至った経緯があります。それは、語りの内容の合理化又は歴史化と見なされる現象で
す。神話・伝説が信じられた時代には、歴史そのものでしたが、後世の記憶に残すため
に、口碑を文字で表現した段階において、知識の合理化が働いたとされます。一般に荒
唐無稽と軽視されがちな伝説に種々改造を加え、人々が信じられるように合理化して説
明します。取り分け中央の歴史的事実を結び付けることが、地元の人々の関心をそそる
ことになり、主人公や年代を文献記録に一致させました。社寺の縁起は、伝説の合理化
の最たるものと云えますが、それぞれの語りの共通部分を客観的に見ますと、其処に類
型的な主題モチーフが発見出来るのです。例えばそれは主人公が旅をする漂泊者に集中して
いることなどから説明されています。
柳田國男は、その点に注目し、伝説の運搬者を分析しました。そして、其処に漂泊者
と定住者の文化の差異を発見しようとしました。例えば歩き巫女に代表される漂泊の女
性たちが、古代末から中世にかけて、各地に語りを伝えていたことを、和泉式部や小野
小町の遺跡に関わる伝説から想像しています。八百歳の長寿を保った八百比丘尼は、福
井県小浜の空印寺を拠点とする歩き巫女の一群の存在を予測させますし、和泉式部は京
都の誓願寺が中心センターとされています。
勿論伝説の合理化に際しては、漂泊の女性だけが問題となる訳ではありません。弘法
大師を始めとして、高僧たちが廻国する伝説は、その基本に民間宗教者たちの多数の群
れがあり、具体的には念仏系の廻国聖であったことが指摘されています。樹木、岩石、
泉や沼、坂や辻、屋敷と云った場トポスを秘めた場所が特定され、其処に特殊な力が働き、
日常性を超える奇蹟が生じたと語られます。それらを信じたのは、定着している地域社
会の住民であり、奇蹟を現すのは漂泊する旅人であったと云う図式が見られます。
世界的な水準から見て、わが国の神話・伝説の量は豊富です。特に後世に至って都合
の良いように改作が繰り返されているため、なかなかその根元ルーツを捉えにくいのです。
そのことは逆に多くの神話・伝説を生み出した日本人の世界観の多様性を示すことにも
なっているでしょう。ここに一つの事例を挙げてみます。
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