47 [幽閉された太陽を救い出す話]
わが国の天の岩屋戸の神話では、太陽女神天照大御神アマテラスオホミカミが弟須佐之男命スサノヲノ
ミコトの乱暴を怒って岩屋戸に身を隠したために、世界が真っ暗闇になったと物語られてい
ます。このように、太陽が自分から隠れてしまったり、又は何者かによって捕らえられ
隠されてしまったために、世界が暗黒状態に陥ったことを物語る話も、世界の方々にあ
る日食神話の型です。例えば、次のアイヌの神話がその一例です。
「モシレチクチク・コタネチクチク、モシロアシタ・コタノアシタと呼ばれる怖ろしい悪
神があり、太陽の女神を付け狙っていた。この悪神は、日の出の時にも日の入りの時に
も、太陽を呑もうとして大口を開けるので、神々はその口の中に、朝には狐を二匹投げ
込み、夕方には烏を十二羽投げ入れて、その隙に何とか日神を無事に通過させていた。
ところがある日のこと、悪神はとうとう日の出時に太陽を捕え、彼女を木の筐カゴ六、金
の筐六、巌の筐六を重ねた中に入れ、その周囲に、それぞれ六重に、巌の柵と金の柵と
木の柵を巡らした。このため世界は暗闇になり、人間も神々も眠り込んだまま眼を覚ま
すことが出来ず、眠り疲れて眠り死にするものが続出する有様になった。神々の中でも
特に強力なものたちは、日神を助け出そうとして、悪神の城に出掛けて行ったが、彼等
は皆、城の柵の外に行き着いたところで悪神に捕らえられ、彼の怖ろしい魔力によって
赤児に変えられて、揺り篭に入れられてしまう始末であった。
困惑した神々は、最後にアイヌラックルの住む山城に使者を送って、この英雄神に悪
神を退治し太陽女神を救い出すよう要請した。アイヌラックルは、使者の神の頼みを聞
き、身支度を始めたが、少しも慌てず悠々としていて片方の脛当スネアテを着けるのに三日
かかると云った調子であった。しかし、終いに大神が自身で神駕に乗って彼の山城の上
に来て、彼に『一緒に行こう』と呼び掛けると、アイヌラックルは漸く身支度を終え、
大神と共に黄金の神駕を飛ばせて、悪神の城に向かった。そして大神を城外に待たせて
置いて、彼は微風ソヨカゼに変身して木と金と巌の柵を次々と通り抜け、木と金と巌の筐
カゴの中に入って、一番奥の筐の中から太陽の女神を連れ出した上に、赤児にされていた
神々も全て元に戻した。
悪神はこれを見て怒り、大きな吼え声を発しながら、アイヌラックルに襲い掛かって
来た。アイヌラックルはまず、足を上げて悪神の城を地獄の底に蹴落とし、その後で日
の神を雲の小船に乗せて空中に投げ上げた。このようにして世界に陽光の輝きを取り戻
させておいて、彼は悪神を地底の冥界へ誘オビき出し、其処で大神と力を合わせ六年の間
この難敵と死闘を演じた末に、遂に悪神を地獄の底へ蹴落とした。この時以後、冥界か
ら甦って上界に戻ったアイヌラックルは、大神と共に、人間界を支配し、また太陽は危
険に脅かされることなく、世界を照らすことが出来るようになって、神も人もアイヌラ
ックルの手柄を讃え、彼に供物を捧げて崇めているのである」と云います。
〈世界を暗黒から救った針鼠ハリネズミ〉
悪神によって閉じ込められた太陽が、神とか、英雄若しくは動物の働きによって救い
出され、暗黒に陥っていた世界が再び陽光の恵みを取り戻すと云う内容の話は、北方ユ
ーラシアから北アメリカにかけての広い地域に分布しています。フィンランドの叙事詩
『カレワラ』に歌われている話に拠りますと、「太陽と月はある時、ワイナモイネンが
奏でる音楽の音に誘われて、天から地上の木の上まで降りて来て、演奏に聞き惚れてい
たところを、魔女のロウヒによって捕らえられ、山の中に隠されてしまった。ワイナモ
イネンは、僚友の鍛冶屋イルマリネンと共に、種々苦心をした挙げ句、終いにロウヒに
敗北を認めさせ、太陽と月を解放させるのに成功した」と云います。
シベリアの東北端に住むチュクチや、北アメリカ北部の太平洋沿岸に住む諸民族の神
話では、捕らえられ隠された太陽を助け出す役は、通常烏によって果たされています。
カナダの西海岸に住むビルクラ族の間に伝わる、次の話はその一例です。
「昔、スンクと云う者が太陽を隠した。彼は太陽を閉じ込めた箱を家の梁ハリに懸け、大
切に見張っていた。一羽の渡烏ワタリガラスがこれを盗み出そうとして、木の葉に化けてスン
クの娘の水汲み桶に落ち、彼女が水を飲むときにその胎内に入り込んで、赤児となって
彼女から生まれた。この子はある日突然、梁に下げられた箱を欲しがって泣き喚き、食
物も喉を通らぬ有様となった。スンクが、仕方なくこの箱を渡して遣ると、子供は早速
家の外に持ち出して壊し、太陽を解放し、元の渡烏の姿に戻って、飛び去った」
チュクチ族の間には、「悪魔の娘によって手鞠テマリの中に縫い込められた太陽と月と星
を、矢張り渡烏ワタリガラスが解放した」という話もありますが、チュクチの別の説話ではあ
べこべに、渡烏が天に昇って太陽を盗み、自分の口の中に隠して世界を暗闇にしたとさ
れています。烏は結局、神に見付かって顎アゴの下をくすぐられ、遂に笑い出して太陽を
吐き出したことになっています。
これに良く似た話は、チュクチの南方の隣人であるコリヤーク族の間にもあります。
「渡烏の娘イネア・ネウトに、渡烏男が結婚の申し込みをした。しかし彼女は既に小鳥男
の妻になっていたので、渡烏男は腹いせに突然太陽を呑み込み、世界を真っ暗闇にして
しまった。イネア・ネウトは、太陽を解放するため一計を案じて、渡烏男の許に赴いた。
そして自分は小鳥男と別れ、かれと結婚するために来たと言って、渡烏男に近付き、彼
をひしと抱き締め腋の下をくすぐった。すると渡烏男は、堪え切れずに口を大きく開い
て笑い出し、その隙に太陽が外へ飛び出し、世界はまた明るくなった」
バイカル湖付近に住むブリヤート・モンゴル族の神話では、地の神によって隠された太
陽を天の神のために取り戻し、世界を暗黒から救ったのは、針鼠であったとされていま
す。
〈鶏によって呼び出される隠れた太陽〉
わが国の天の岩屋戸神話に良く似た、北アメリカのカリフォルニアに住むマイドゥ族
の間に伝わる次の話を紹介します。
「ある時、太陽と月が東方の岩屋に隠れ、世界は真っ暗闇になった。困った動物たちは、
カギムシとフクロネズミとノミを岩屋の中に送り込み、太陽と月を苦しめさせたところ
が、彼等も遂に耐え切れず外に飛び出し、世界はまた明るくなった」
天の岩屋戸神話では、隠れた太陽を呼び出すための手段の一つとして、常世トコヨの長鳴
鳥ナガナキドリを集めて鳴かせると云うことが行われています。このように隠れた太陽を、
鶏を鳴かせ呼び戻したと云う話は、南シナのミヤオ族やアッサム地方のナガ族やアボル
族などの間に見出されます。例えば、貴州省に住むミヤオ族の話の一つを紹介します。
「昔天には十個の太陽があった。弓の名人が地上の熱さを和らげようとして、そのうち
の九個の太陽を射落としたところが、残った一個の太陽は射られることを恐れ、山の後
ろに逃げ去り姿を隠してしまった。そのため世界には二年間暗闇が続いたので、国王は
賢人を集め協議した結果、声の一番大きな動物に、太陽を呼ばせることにした。獅子と
黄牛が失敗した後で、牡鶏に呼ばせると、太陽はこのような美しい声を出すのは誰か知
ろうとして、東方の山頂から少し顔を覗かせた。すると世界は明るくなり、人々は手を
打って喜び、太陽を歓迎した。そこで太陽は、これ以上隠れたままで居るのを断念し、
牡鳥に『これからは、私が毎日休息した後、お前が私を呼びなさい。そうすれば、私は
直ぐに帰って来るから』と言った。そして自分の真赤な衣裳一枚を切って、立派な冠を
作り、これを牡鶏に与えた」
ナガ族の神話の一つに拠りますと、「太陽は初め天に昇ろうとせず、人間、牡牛、豚、
犬、鳥が次々に呼び出そうと試みたが失敗した。最後に牡鶏が太陽を呼び出すことに成
功し、世界に光を与えた」と物語られています。またアボル族の神話では、怒って地下
に隠れ、世界を暗黒に陥れた太陽が、自分の隠れている地面の上に止まって、人間たち
と話している長い尾を持った鳥の声を聞き、誰が喋っているのか知ろうとして顔を出し
た。そして結局、其処に集まっていた人々の懇願を聞き、再び世界を照らすことに同意
した」とされています。
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