09c わが国の神話「天孫降臨」
 
  [天孫邇邇芸命]
 
〈火の中の出産〉
 
 暫く経ったある日、木花之佐久夜毘売は邇邇芸命のご前に出ますと、改まって申し上
げました。
「私のお腹には、子供が身篭もりました。」
「そうか。それで、何時生まれるのじゃ。」
「それが、既に今産み月に入っております。就きましては、天つ神の御子のことゆえ、
密かにお産みしてはなりません。それ故しかとお耳にお入れしておきとうございます。」
 命はどうしたことか、このとき俄ニハカに顔を強コハばらせて仰せられました。
「姫よ。それ、たった一夜の契りで生まれたと云う子は、わが子ではあるまい。誰か国
つ神の子であろうに。」
 これを聞いた姫は、あまりに以外なお言葉に、きっとなって訴えられました。
「私が見篭もりました子供が、もしも国つ神の子であったならば、無事には生まれない
と思います。もし、天つ神の御子であるならば、無事に生まれて来ることでしょう。私
は、固く誓って申し上げます。」
 姫はきっぱりと言い残して、ご前を立ち去りました。
 
 そして、直ぐにも出入口のない広い出産のための御殿を造って、その中に篭もります
と、四方の壁まで、隙間もなく土で塗り塞いでしまわれました。
 邇邇芸命が黙って、その様子を見守っていますと、やがて木花之佐久夜毘売の篭もっ
た御殿から火の手が上がりました。
「火の中で愛しのわが子が生まれて来る。」
 命は、何時しか言い知れない感動を覚えて、じっと佇んでいました。
 こうして、火が盛んに燃えている中で生まれて来た御子は、火照命ホデリノミコトと名付け
られます。この命は、南九州の隼人ハヤトの地で栄えた阿多君アタノキミの祖先となられる方で
す。
 次に、火が燃え進んで行くときに生まれた御子の名は、火須勢理命ホスセリノミコトです。
 更に、火勢が弱まったときに生まれて来た御子の名は、火遠理命ホヲリノミコトです。この方
は、天津日高アマツヒコ日子穂穂手見命ヒコホホデミノミコトとも呼ばれました。
 このように、木花之佐久夜毘売は、立派にそれぞれの名の頭文字に、稲の穂の豊かな
実りを約束することにも通じるよう「ホ」の一字を戴いた三柱の神々をお産みなされま
した。

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