06a わが国の神話「葦原中国」
[国造り(一)]
〈八雲たつ〉
さて、こうして大蛇を退治した須佐之男命スサノヲノミコトは、櫛名田比売クシナダヒメとの新婚の
宮を造るために適当な土地を求めて、出雲の国をあちこち探して歩きました。
須賀スガと云う処に着くと、空は輝き風は爽やかで、とても気持の良い場所です。
命ミコトは、当たりを見回しながら、
「ここへ来て、何だか清々しい心地になった。ここに宮を造ることにしよう。」
と言って、新しく立派な宮殿を造り、櫛名田比売と共に、お住みになりました。
それ故、今でもこの土地を須賀と呼んでいます。
須佐之男命が初めて須賀の宮を造営されたとき、この地からむくむくと白雲が湧き起
こり立ち上りました。
それを見た命は、
八雲たつ 出雲八重垣 妻篭ツマゴみに 八重垣つくる その八重垣を
(八雲たつ出雲の八重垣よ。湧きたつ雲が、妻を篭らせるために、宮のまわりに八
重の垣根をつくるよ。みごとな雲の八重垣をつくるよ)
と、お歌いになりました。
そうして、櫛名田比売の父足名椎を呼び寄せ、
「お前を、私の宮の長官に任命しよう。」
と言って、足名椎に稲田宮主須賀之八耳神イナダノミヤヌシスガノヤツミミノカミと云う名を与えられま
した。
さて、命はこの須賀の宮で、櫛名田比売と夫婦の契りを結び、そうして生まれた神の
名を八島士奴美神ヤシマジヌノカミと云います。
また、大山津見神オホヤミツミノカミの娘、神大市比売カムオホイチヒメと結ばれて生まれた子は、大年
神オホトシノカミと宇迦之御魂神ウカノミタマノカミの二柱です。
櫛名田比売との間に生まれた長男の八島士奴美神が、大山津見神の娘、木花知流比売
コノハナチルヒメと結婚して生まれたのが布波能母遅久奴須奴神フハノモヂクヌスヌノカミです。この神が淤
迦美神オカミノカミの娘の日河比売ヒカハヒメと結婚して生まれた子が深淵之水夜礼花神フカフチノミヅヤレ
ハナノカミです。そして、この神が天之都度閉知泥神アメノツドヘチネノカミと結婚して生まれたのが淤
美豆奴神オミヅヌノカミです。この神が布怒豆怒神フヌヅヌカミの娘、布帝耳神フテミミノカミと結婚して
生まれたのが天之冬衣神アメノフユキヌノカミです。この神が刺国大神サシクニオホカミの娘刺国若比売サシ
クニワカヒメと結婚して生まれたのが、大国主神オホクニヌシノカミです。
この神は、またの名を大穴牟遅神オホナムヂノカミと云い、また、葦原色許男神アシハラシコヲノカミと
も云い、また、八千矛神ヤチホコノカミとも云い、また、宇都志国玉神ウツシクニタマノカミとも云い、併
せて五つの名を持っています。
〈因幡イナバの白うさぎ〉
さて、この大国主神オホクニヌシノカミには、沢山の兄弟の神々がありました。
しかし、彼等は自分の国を治めるのを辞退して、その統治権を皆、大国主神に譲った
のです。
何故、譲ったかと云えば、それにはこんな訳がありました。
ここに因幡イナバの国に八上比売ヤカミヒメと云う名の聞こえた美女が居ました。
兄弟の神々は、皆それぞれ八上比売を妻にしたいと云う希ノゾみを持っていましたの
で、あるとき、打ち揃って因幡へ出かけて行きました。
そのとき、兄神たちは大穴牟遅神オホナムヂノカミ(大国主神)に、
「お前はこれを担いで、我々の供をせい。」
と、旅行用の大きな袋を背負わせ、下男のようにして連れて行きました。
気多ケタの前サキと云う処を通りかかると、岩陰に赤裸になった兎ウサギが、泣きながら蹲
ウズクマっていました。
これを見た兄神たちは、顔を見合わせて薄笑いを浮かべ、その兎に近付いて、
「可哀想に、そんな赤裸じゃ痛いだろう。良いことを教えてやる。この海の水をたっぷ
り浴びて、高い山の尾根で風に当たって寝ているといいぞ。」
と、教えると、さっさと通り過ぎて行ってしましました。
兎は正直に、教えられた通り、海水を浴び、高い山の頂きに横たわりました。
ところが、海水が乾くにつれて、風に吹かれた膚は、ピリピリ、ピリピリ、すっかり
裂けてしまいました。
焼け付くような痛みに、兎は転げ回って泣き苦しんでいました。
そこへ、一足後れて大穴牟遅神が通りかかりました。
重い袋を背負っているので、すっかり遅くなってしまったのです。
大穴牟遅神は、苦しんでいる兎を見ると、駆け寄って、
「どうしたのだ。何をそんなに泣いている。」
と尋ねました。兎は兎は苦しげに喘アエぎながら、事情をすっかり大穴牟遅神に打ち明け
ました。
「私は隠岐の島に住む兎でございます。年ごろ、本土へ渡りたいと思っていたのですが、
その術スベがなくておりました。
それで、海の鮫を騙して、
『私の一族とお前さんの一族では、どっちが数が多いか、較べてみようじゃないか。』
と、持ち掛けたのです。すると、鮫は直ぐ話に乗って来たので、
『それじゃ、お前さんは一族をすっかり集めて、この島から気多の前まで、ずらっと一
列に並べてご覧。そうしたら、私はその上を渡りながら、数を数えてやるよ。それで、
どっちが多いか分かるだろう。』
と申しました。
鮫は私の言葉に騙されて、直ぐにずらっと並びました。私は『うまくいったぞ』と内
心舌を出して、早速その背を踏んで数を数えながら渡って行ったのです。ところが、つ
い調子に乗って、今一歩で大地を踏むと云うときに、
『お前たちは私に騙されたのだ。私はただ、この島に渡りたかっただけさ。』
と言ってしまったのです。
その言葉が終わるか終わらぬかのうちに、最後にいた鮫が、私を捕まえて、毛の着物
をすっかり引き剥いてしまったのです。
そのような訳で、ここで泣いていますと、先に行かれた大勢の神様方が、
『海水を浴び、風に当たって伏しておれ。』
と教えて下さったので、その通りにしました。すると、私の体は、ご覧のように、こん
なに傷だらけになってしまったのです。」
これを聞いた大穴牟遅神は、兄神たちの酷ヒドい仕業シワザに呆アキれながら、
「急いで川口に行って、川の水で海水を洗い流すが良い。それから、川辺の蒲ガマの花粉
を採って来て敷き散らし、その上を転げ回るのだ。そうすれば、お前の体は、きっと元
のようになるだろう。」
と、懇ろに教えました。
兎は、早速川口に飛んで行って、教えられた通り、真水で体に付いた海の塩を洗い落
とし、川口に沢山生えている蒲の黄色い花粉を採って来て、地面に敷き散らし、その上
を転げ回りました。
すると不思議や、痛々しい赤剥け、ひび割れた兎の体は、元のように真っ白い毛に覆
われた柔らかい膚に戻りました。
これが、因幡の白兎であり、今でもこの兎をうさぎ神と呼んでいます。
この兎は、大穴牟遅神に、
「先に行かれた大勢の兄神様たちは、きっと八上比売ヤカミヒメを得ることは出来ますまい。
袋を背負って下男のような役を務めていらしても、あの美しい八上比売を妻に出来るの
は、あなた様以外にはありません。」
と、予言しました。
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