04 [伊邪那岐命・伊邪那美命]
 
〈伊邪那岐命の嘆き〉
 
 伊邪那岐命イザナギノミコトと、伊邪那美命イザナミノミコトの夫婦の神は、これまで苦労を共に
し、力を合わせて、多くの国々や神々を生み、人々が喜んで安らかに暮らせるような、
豊かな国土を造って来ました。
 その愛する妻の伊邪那美命に、突然亡くなられた伊邪那岐命は、悲しみのあまり、
「ああ、愛する妻よ! 私にとっては、何より代え難い愛しい妻よ! あなたが、ただ
一人の子供を生むために、二つとない大事な生命を失ってしまうとは・・・・・・」
と、声を上げて泣き叫びました。
 しかし、愛する妻は何も応えることなく、床の中に、冷たく横たわっているだけでし
た。
 
 伊邪那岐命は、その枕元に身を摺り寄せて這い回ったり、その足元に身を摺り寄せて
這い回ったりして、悶えながら、なおも大声を上げて泣き続けました。
 そのとき、伊邪那岐命の目から、止トドめもなく溢れた涙の中から、一柱の神が生まれ
ました。
 その神は、大和の香具山カグヤマの麓の、曲がりくねった丘の上の木の下にいて、その名
を泣沢女神ナキサハメノカミと云う女神でした。
「愛しの妻よ、生き返ってきておくれ! もう一度、私の許へ戻って来ておくれ!」
 伊邪那岐命は、なおもこう言って叫び続けましたが、もう二度と伊邪那美命を、この
世に甦らせることが出来ませんでした。
 伊邪那岐命は、泣く泣く愛する妻の亡骸ナキガラを抱えて、出雲の国と、伯耆ハウキの国と
の境にある、比婆ヒバの山に埋葬しました。
 
 しかし、伊邪那岐命の悲しみは、なおも消えることはありませんでした。愛する妻の
伊邪那美命が、火傷をして亡くなった原因は、火の神の迦具土神カグツチノカミを生んだため
です。
「お前のために、私の愛しい妻が亡くなったのだ!」
 怒りに燃えた伊邪那岐命は、腰に帯びていた、長さが十握りもある十挙剣トツカノツルギを
引き抜いて、迦具土神の首を切り離して殺してしまいました。
 そのとき、手に持ったその剣の刃の先から血が迸ホトバシって、傍らに積み重なっていた
岩石の上に飛び散りました。
 
 すると、その岩石から滴り落ちた血の中から、神々が生まれ出ました。
 初めに生まれたのは、石拆神イハサクノカミと云います。この神の名は、岩石をも裂く程の威
力を持った神、と云う意味です。
 次に生まれたのは、根拆神ネサクノカミと云います。この神の名も、同じように岩根をも裂
くほどの威力を持った神、と云う意味です。
 次に生まれたのは、同じような威力を持った石筒之男神イハツツノヲノカミです。
 この三柱の神の名は、剣を鍛えるときの岩石の槌のことを意味しており、何れも雷神
の威力を現しています。
 
 更に、十挙剣の鍔ツバ元に付いた血も、積み重なった岩石の上に滴り落ち、そこからも
神々が生まれました。
 初めに生まれたのは、甕速日神ミカハヤビノカミと云います。
 次に生まれたのは、樋速日神ヒハヤビノカミと云います。
 次に生まれたのは、建御雷之男神タケミカヅチノヲノカミと云います。この神の別名を、建布都
神タケフツノカミと云い、またの名を豊布都神トヨフツノカミと云います。
 この三柱の神も、雷神の威力を現しており、剣を鍛えるときの盛んな火の働きから、
よく切れる立派な剣が作られたことを意味しています。
 
 また更に、十挙剣を握っていた指の間から、滴り落ちた血で、その中からも神々が生
まれました。
 初めに、闇淤加美神クラオカミノカミが生まれました。
 次に、闇御津羽神クラミツハノカミが生まれました。
 この二柱の神は、それぞれに、谷間の水や雨雪などを司る水の神ですが、雷神と同じ
威力を持つ、剣の神でもあります。
 
  以上述べた石拆神から、闇御津羽神まで合わせて八柱の神は、伊邪那岐命の手に持
  った剣から生まれた神々です。
 
 さて、伊邪那岐命に首をはねられて殺された迦具土神カグツチノカミのことですが、その頭
から、正鹿山津見神マサカヤマツミノカミが生まれました。この神の名は、険しい山の頂きを誉め
讃えたものです。
 次にその胸から、淤縢山津見神オドヤマツミノカミが生まれました。この神の名は、なだらか
な山の麓を誉め讃えたものです。
 次にその腹から、奥山津見神オクヤマツミノカミが生まれました。この神の名は、深い山のこと
を誉め讃えたものです。
 次にその陰処ホトから、闇山津見神クラヤマツミノカミが生まれました。この神の名は、深くて闇
い谷間のことを誉め讃えたものです。
 
 次にその左の手から、志芸山津見神シギヤマツミノカミが生まれました。この神の名は、鬱蒼
と生い茂った木を誉め讃えたものです。
 次にその右の手から、羽山津見神ハヤマツミノカミが生まれました。この神の名は、麓の山々
を誉め讃えたものです。
 次にその左の足から、原山津見神ハラヤマツミノカミが生まれました。この神の名は、高原を讃
えたものです。
 次にその右の足から、戸山津見神トヤマツミノカミが生まれました。この神の名は、端ハシの方
にある山々を誉め讃えたものです。
 
  以上正鹿山津見神から、戸山津見神まで合わせて八柱の神となります。
 
 ところで、伊邪那岐命が手に持っていた十挙剣のことですが、別の名を天之尾羽張アメノ
ヲハバリと云い、またの名を伊都之尾羽張イツノヲハバリとも云い、何れも、鋭く切れる立派な剣
と云う意味です。
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