[詳細探訪] 参考:小学館発行「万有百科大事典」 〈ユリと聖書とマドンナと〉 ユリの出ている古い文献の一つは『旧約聖書』で、「ソロモンの雅歌」の第二章に、 おとめたちのうちにわが愛する者のあるのはイバラの中のユリのようだ と云う詩句がある。このユリは今日の解釈では、純潔の象徴シンボルである白ユリでなけれ ばならないが、同じ「ソロモンの雅歌」の第五章では、 わが愛する者は白く輝き、かつ赤く・・・・・・ そのくちびるはユリの花のようで、没薬モツヤクの液をしたたらす と歌われている。恐らくソロモン王が愛する者に喩えたユリは赤いユリで、白いユリが 象徴的に扱われるようになったのは、キリスト教時代になって白ユリが聖母に捧げられ るようになってからであった。 『新約聖書』の「マタイ伝」の第六章に出ている、 なにゆえに衣のことを思いわずらうや。 野のユリはいかにして育つかを思え、労ツトめず、紡ツムがざるなり。ソロモン王の栄華 の極みの時だにも、その装い、この花の一つに及シかざりき と云うキリストの教訓は、ユリの花の華やかなことを喩えた言葉としてよく知られてい るが、このユリは赤又は紫の派手なユリであったとみられている。 キリスト教の時代になると、白ユリが崇高な、純潔と処女性の象徴シンボルとして聖母マ リア(マドンナ)に捧げられ、取り分けルネサンス時代の宗教画では、受胎告知の絵に は必ずと云ってよい位に、ユリが描かれるようになった。それについてクララ・アースキ ン・クレメントは『伝説と神話を描いた美術のハンドブック』(1870)で、 マリアのところに現れる大天使ガブリエルは翼をもち、初期の絵では盛装をしている。 彼はユリ(マリアの花)を持っているか、あるいは絵のどこかにこの花が描かれてい る。ときには平和のしるしであるオリーブの枝を持ったり、「恩寵オンチョウに満ちたアベ ・マリア」と記した巻物と笏シャクを手にしていたりする。ごくまれにシュロの葉(キリ ストが受難の前にエルサレムに入ったとき、群集はシュロ − ナツメヤシの葉を打ち 振って歓迎した)を持っている。 と述べている。 聖母に捧げられた白ユリは「マドンナリリー」と呼ばれている種類で、西洋で単にユ リと云えば、このユリを指した。東洋から白ユリが伝わった19世紀以前に、西洋で知ら れていた白ユリはこの一種だけで、西洋で最も美しいユリの一種と云われていた。 聖母にはユリとバラとスミレが捧げられ、聖母の威厳と美と謙譲を表すとも云われて いる。 また白ユリは貞節の象徴シンボルとして、聖ドミニクス、聖フランシス、バドバの聖アン トニウス、聖クララなどの他、大天使ガブリエル、聖ヨセフ(マリアの夫)にも捧げら れていて、ユリ程キリスト教と深く結ばれた花は、他にないと云ってよい。 関連リンク 宗教の精髄「キリスト教」