22 醤ヒシオのこと
 
                参考:樋口清之博士著祥伝社発行「梅干と日本刀」
 
 如何に科学が人間を追いかけようと、人間は元来、自然の中で生まれ、死んで行く生
きものです。ですから、自然と調和して生きることが、実はもっと科学的なのです。私
共の祖先の知恵と云うものは一見、不合理に見えながら、実は合理的であると云う、「
不合理の合理」に満ちています。ただ、私共はその知恵が不合理と云う壁に遮られて、
その中の合理性が見えない場合が多いのです。
 西洋の科学は、ただ合理性を追求するが故に、往々にして不合理を犯すこともありま
す。こうした科学の犯す不合理を筆者は、「合理の不合理」と呼んでいます。
 
 さてわが国の古代人たちは、食塩が身体に必要だと知ると、海から採れる食塩を保存
することを考えました。食塩は空気に触れるとすぐ品質が変化する、と云う性格を見極
めると、空気に触れさせない方法を考え出しました。
 それは、他の動植物の蛋白や繊維の中に食塩を入れることです。そこから漬物、味噌、
醤油ショウユが生まれました。
 漬物、味噌、醤油に食塩を入れますと、そのもの自体の発酵が、そこで止まると同時
に、食塩が空気に触れないので半永久的に保存されることになります。
 武田信玄が考案したと云われる「信玄味噌」は四百年前のものですが、大豆の蛋白も
そのまま栄養が保存されています。
 梅干もタクワンなど一般の漬物も、味噌も、食塩によってそれぞれの栄養分が保存さ
れ、一方では保存した組織によって食塩もまた保存されているのです。
 
 塩辛は動物の生肉や内蔵を発酵させたもの、腐らせたものです。この過剰発酵を食塩
で止め、同時に食塩も保存されます。塩辛が栄養価の高い食品であると云うのは、こう
云う意味なのです。
 これを液体に絞ったものがいわゆる漁醤ギョショウ、つまり「しょっつる」で、これは動
物蛋白を基にした醤油のことです。今日の醤油の原点はこの魚醤です。ですから、醤油
はこれに対して穀醤コクショウと云われます。要するに、食塩の相手が動物性であろうと、植
物性であろうと、蛋白質であればよいのです。蛋白質が発酵すると、全て醤ヒシオになりま
す。その過剰発酵を防ぐために食塩を加えて、保存します。
 更に発酵食品は、グルタミン酸ソーダとアミノ酸を持っています。グルタミン酸ソー
ダは成長酸ですので、全身を成長させ、アミノ酸は脳の細胞分裂を促す酸ですから、知
能を発達させます。このように、日本人は世界で一番発酵食品を多く摂ってきた民族で
す。

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