10 森林の土を掌に〈土壌動物〉
 
         森林の土を掌に〈土壌動物〉
                                       
〈土壌動物の種類と性質〉
 土壌中の毛管水や土壌粒子の表面を覆う水膜中では原生動物,ワムシ,クマムシ,ソ
コミジンコ及び線虫など,体長2o以下の小さな動物が活動しています。これらの動物
は土が乾燥したときには休眠し,条件が良くなると活動します。餌はカビ,細菌,水に
とけた有機物などの植物質のほかに,原生動物や線虫などを捕食するものも少なくあり
ません。
 大部分の土壌動物は土壌の気相中で生活しています。ダニ,トビムシ,ヒメミミズ,
クモ,甲殻類(ダンゴムシ,ワラジムシの仲間)などは穴を掘る能力がなく,専ら粗孔
隙をぬって活動します。一方ヤスデやミミズは前方の土を飲み込み,短時間で排出する
ことによってかなり堅い土でも潜ることができます。また,アリ,ヘビ,カエル,モグ
ラ,ネズミなどは口又は前足で土を移動し,土壌に穴をあけます。
 落葉や腐植を食べる土壌動物として,ササラダニ,甲殻類,ヤケヤスデ,ミミズ,ト
ビムシ,ガの幼虫,コガネムシの幼虫,双翅目の幼虫などがあげられます。
 枯枝や樹皮を食べるものとしてシロアリ,キクイムシ,コメツキムシの幼虫などがよ
く知られています。ヒゲヅツダニ(ササラダニの一種)も小枝を食べます。
 ムカデ,アリ,クモ,ハネカクシ,ゴミムシ及び一部のダニは肉食性で,トビムシな
どが餌となっています。
 このほか植物寄生性の線虫や動物寄生性のダニなども土壌中に生息しています。
 
〈土壌動物のはたらき〉
 動物が土壌中で活動することによって土壌はさまざまな影響を受けます。1967年八ケ
岳東麓で発生したキシャヤスデの例をみてみましょう。大発生したヤスデはすべて成体
で,付近のカラマツ林や落葉広葉樹林の落葉を大量に摂食し,冬には地中にもぐります。
翌春,A0層で再び落葉を摂食し,夏までに交尾,産卵を終えて死亡します。大発生時
の生息密度は1u当たり数十頭で,この間の落葉の摂食量は年間の落下量の数倍に相当
し,厚く堆積していたA0層が著しく減少しました。
 キシャヤスデの幼虫は土壌を摂食し,年1回ずつ脱皮して7年目,つまり大発生後8
年目に成体となって再び地表面に現れます。幼虫は連続して糞をしますので,糞は互い
にくっつき,大きな塊になります。これらの糞は壊れにくく耐水性が強く,耐水性団粒
の一部となって土壌中に留まります。また春から秋はA0層かA0層の直下で活動します
が,冬には10〜30pの深さにもぐりますので,土壌の通気性や透水性の増大にも役立っ
ています。
 このように土壌中で動物が活動することによって,落葉の分解及び土壌の理学性と化
学性に多大の影響を与えます。
 
 △落葉落枝の細片化
 土壌動物の食べる落葉落枝の大部分は糞として排出され,細かくすりつぶされた植物
組織は,雨滴などによって簡単に壊れて水とともに下流へ流されます。このことから土
壌動物の果たす役割は,化学的変化よりもむしろ物理的に細片化するということです。
 落葉食の土壌動物は,1ケ月に生体量の1/3から9倍の落葉を摂食します。また摂
食量の62〜96%を排出します。
 
 △土壌理学性に与える影響
 土を食べるミミズやババヤスデの幼虫は,わずか1日で体重の1/2から同量の餌を
摂食します。土壌は落葉落枝よりもはるかに栄養価が低いので,多量に土壌のかくはん
を行っていることになります。
 京都大学芦生演習林内の河原に接した草地においては,クソミミズが1年間に地表へ
排出した糞の量は,絶乾量にして2.3〜6.1s/uに達しました。これを土壌容積に換算
すると1.8〜4.9l/uとなり,地中にこれだけの孔隙を造成すると同時に地表に0.2〜
0.5pの厚さの新しい土層を形成したことになります。
 
 △土壌化学性に与える影響
 土壌動物の消化管を通過することにより,植物遺体は細分化されると同時に化学的な
変化も受けます。ユスリカの幼虫は腸内に共生するセルローズ分解性細菌の助けをかり
てセルローズを分解しますし,カブトムシ,カミキリムシ,クワガタムシ,アリ,シロ
アリ,ミミズなども腸内微生物の作用や腸の表皮から分泌される酵素によってヘミセル
ローズ,セルローズ,キチンなどを部分的に加水分解します。また,動物の食べた植物
遺体中のリグニンと含窒素有機物との分解生成物の相互作用によって,腐植性物質が動
物の腸内で生成される可能性も十分考えられます。
 ミミズの糞は炭素,窒素,CEC,マグネシウム及びカリウム含有率などがいずれも
周囲の土壌より高い値を示し,腸内物質は糞よりも更に高い値を示しました。
 土壌動物の存在価値は水による物質の移動とは全く異なった形で物質を運搬,再配分
するという点で重要と考えます。
 
〈土壌動物の生態と分布〉
 △土壌層位別分布
 土壌動物は土壌の性質に多大な影響を与える反面,土壌条件によってその生存や活動
は大きく制約されます。土壌動物の生存に必要な条件として,温度,水分,呼吸のため
の酸素,餌となる有機物,棲み場所となる土壌孔隙などがあげられますが,土壌は一般
に表層ほど有機物や孔隙量が多く,酸素分圧も高いです。これらの要因はいずれも土壌
動物の生存に適しているため,大部分の土壌動物は表層に多く,深くなるにつれて減少
します。
 アリやミミズなどは地下1m以上も深くもぐることができますが,ヤスデなど多くの
大形土壌動物は30pより深くもぐることはあまりありません。ダニ,トビムシ,ヒメミ
ミズ,線虫など,体長1o前後の動物は冬でもあまりもぐらず,深くても15pくらいで
す。体長数ミクロンの原生動物などは土壌層位別分布ははっきりせず,ブナ林や亜高山
帯針葉樹林では表層から50pの深さまでほぼ同数が生息していることが明きからにされ
ています。
 
 △土壌有機物量及び水分条件との関連
 同一気候条件のもとではA0層の堆積量や土壌中の腐植量(炭素含有率)が土壌動物
の分布に大きな影響を与えます。ダニ,トビムシなどの小形節足動物はA0層の厚いと
ころに集中し,土壌中では炭素含有率の高いところほど多い傾向がみられます。土壌有
機物の多い地点は含水率も高い傾向にあり,餌の量と水分環境の両面とも小形節足動物
に適した生息場所を提供するものと思われます。
 
 △土壌動物の季節変動
 大形土壌動物の季節変動としては,落葉広葉樹林では夏に個体数,現存量ともに増加
します。双翅目以外の大形土壌動物個体数はすべて5〜7月に増加していることから,
これは春に生まれ,夏なかけて成長し,秋には子孫を残して死ぬ動物が優占しているた
めと考えられます。
 ダニのうちササラダニの個体数は,カシなどの落葉の多い春・秋に多く,夏には少な
いです。トビムシのうち主としてベソッカキトビムシの個体数は,繁殖期でもある11月
に多くなります。
 
 本州では比較的低温で雨の多い年に土壌動物が増加する傾向にあり,ミミズ,ヒメフ
ナムシ,トビムシなどはこの傾向が特に強いです。また,アリ,シロアリ,双翅目幼虫
などは集団生活をしますので,たまたまその巣にあたった場合は個体数,現存量とも大
きな値を示すことがあります。
 現存量では,常緑広葉樹林に最も多く,落葉広葉樹林がこれに次ぎ,マツ林や亜高山
帯針葉樹林は更に少なく,ハイマツ林は最も少ない傾向を示します。
 
 △林相と土壌動物相との関連
 かなり分解の進んだ落葉落枝を餌とするものは樹種特異性はみられません。ササラダ
ニ,トビムシ,ヒメフナムシなどはいろいろな森林から多数採集されます。
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