03b レッドデータブック〈日本の絶滅危惧植物1〉
 
〈保護を必要とする種の生育地が集中している地域の現状〉
 
 △湿原・湿地・河川原野
 湿地(湿原・湖沼・小湿地・干潟などを含む)は,その植物学的意義のほかに,水鳥
の渡りの中継地あるいは生育地として,地域・国を超えて重要な存在です。したがって,
ある地域の湿原や干潟は,その国だけのものではなく,地域的広がりと国際的連携のな
かに位置づけられるものです。
 湿地は"弱い自然"といわれています。湿地に生育する植物の大部分は柔らかく,人間
の踏みつけなどで容易に壊されてしまいます。そして何よりも,湿地の生物の生活を支
えている水の供給量や水質自体が,人間の干渉や活動 ― 排水,導水,踏みつけ,火入
れ,泥炭採取,埋め立て,下水道代用,産業立地化など ― によって壊されやすいもの
です。
 わが国では,尾瀬に代表される高層湿原のほかに,平野部・河川などに発達した小規
模な湿地が全国的にみられます。このような湿地は人間の生活域に存在するために,宅
地造成・工業団地の造成,水質汚濁などにより,急速に消失したり変化しています。こ
のため,湿地に特有の多くの植物種が絶滅を心配される状態に至っています。以下に記
すのはその代表的な地域の実体ですが,これ以外の地域においても同じように湿地の消
失が進み,そこに特有な植物の自生地が失われつつあります。
 @北海道の湿原
 石狩川流域,十勝川流域,天塩テシオ川流域,釧路川流域にどで開拓が進んでいます。
エダウチアカバナ,オオバサンザシは既に絶滅し,ネムロホシクサなどの絶滅が心配し
れています。
 A利根川水系の河岸原野
 小貝コカイ川流域,渡良瀬ワタラセ遊水池周辺には河岸植生が比較的よく残されています。
ハナムグラ,マイヅルテンナンショウ,エキサイゼリ,タチスミレ,シムラニンジン,
チョウジソウ,フジバカマにどが生育しています。渡良瀬遊水池南部では,公園化など
によって本来のヨシ原が消失し,セイタカアワダチソウなどの帰化植物が繁茂していま
す。
 B東海地方の湿地
 伊勢湾周辺の丘陵地帯の湿地やその周辺には,ハナノキ,シデコブシ,ミカワバイケ
イソウ,シラタマホシクサなど,日本ではこの地域にしかみられない貴重な植物が多数
生育しています。湧水の豊富な傾斜地の下部にはヒメミミカキグサ,シラタマホシグサ,
ミカワシオガマなど,湿地周辺の乾燥した草地にはウンヌケ,湿地林にはシデコブシ,
ハナノキ,ヒトツバタゴ,マメナシ,ヘビノボラズなどがみられ,林床にミズギボウシ,
ミカワバイケイソウなどをともなっています。しかし,名古屋市周辺の湿地は開発によ
ってほとんど原形をを失っています。
 C宮崎県の湿地
 宮崎市とその周辺の湿地には,ナガバノイシモチソウ,サクラバハンノキ,ノカイド
ウ,スブタなどの絶滅のおそれのある植物の分布が集中しています。農耕地整備の水路
造成などのためヒュウガホシクサ,ヒュウガトンボ,ヒゲナガトンボは最近見られず,
絶滅したと考えられます。
 △島嶼
 日本列島は数多くの島からなり,その数は6千以上にのぼります。世界的にみて島の
生物相には固有の種が多いですが,日本列島もその例外ではなく,野生植物の34%に相
当する約1,800種の固有植物が知られています。北海道・本州・四国・九州という四つ
の大きな島は面積が大きいのでそこに発達している生物群集や生態系は比較的安定して
いますが,他の小さい島々,特に南西諸島や小笠原諸島では,その生物群集や生態系は
人間の活動による影響を受けやすく,多くの植物種が絶滅の危機にさらされています。
 @小笠原諸島
 絶滅も間近いというコブラン,オニホラゴケ,シマクジャクシダ,ヒメタニワタリ,
タイヨウフウトウカズラ,オガサワラグワ,セキモンウライソウ,コバノトベラ,セキ
モンノキ,ムニンフトモモ,シマカコソウ,ユズリハワダン,コヘラナレン,ヘラナレ
ン,ホシツルラン,イモラン,ムニンヤツシロラン,ハハジマホザキラン,及び自生株
が1〜2本しかないオガサワラツツジ,ムニンノボタン,シマホザキランがあります。
 また,外来のリュウキュウマツ,帰化植物ギンムネなどによる在来種への脅威,ヤギ
やアフリカマイマイなど導入動物による食害,白モンパ病と推定される有害病原菌,ラ
ン科植物の盗掘や園芸・工芸用としての採取などの乱獲は,種の生存の脅威になってい
ます。
 A南西諸島
 南西諸島の動物相は,アマミノクロウサギ,ルリカケス,ヤンバルクイナ,ヤンバル
テナガコガネ,イリオモテヤマネコなど独自の進化を遂げた固有種が数多く含んでいま
す。
 屋久島のヤクシマリンドウは園芸用に採取されてほぼ絶滅し,低地照葉樹林のヒメク
リソラン,カンツワブキ,コカゲランなどは保護をする必要があります。
 奄美大島では優占種オキナワジイの伐採のためヤドリコケモモなど,ダム建設のため
にアマミカタバミ,コビトホラシノブなどが絶滅寸前の状態にあります。
 徳之島では照葉樹林の伐採により,トクノシマカンアオイ,トクノシマテンナンショ
ウ,トクノシマスゲなどの固有植物が絶滅を心配されています。
 沖縄本島の山原ヤンバルでも照葉樹林の伐採によりクニガミヒサカキ,クニガミサンシ
ョウヅルなどの固有種の自生地が減少し,ダム建設によりナガバハグマ,クニガミトン
ボソウなどの自生地が失われ,またオリヅルスミレは自生地において絶滅しました。
 石垣島の残された照葉樹林にはオモロカンアオイ,ヤエヤマヤマボウシやラン科植物
の保護が必要です。
 西表イリオモテ島では,ラン科植物やカンアオイ属は園芸用採取によってほとんどみられ
なくなりました。そのうちモノドラカンアオイは既に絶滅寸前の状態にあり,ナガミカ
ズラは最近発見されていません。クロボウモドキの自生地は特に保護する必要がありま
す。
 △その他の特徴的な地域植生
 @崕キリギシ山の石灰岩植生
 北海道芦別市にある崕山には285種の野生植物が生育し,植物相の特色は分布域の限
られた種や崕山固有の種,高山性の植物の多いことです。盗採防止や歩道林道の路線変
更よより,植生及び植物相の回復を図ることが必要です。
 A阿蘇・くじゅうの草原
 九州の阿蘇・くじゅう山地やその周辺には,『満鮮マンセン要素』と呼ばれる大陸系の一
群の植物が生育しています。マツモトセンノウ,ハナカズラ,オオトモエソウ,ツクシ
ボウフウ,チョウセンカメバソウ,ケルリソウ,ツクシクガイソウ,ヤツシロソウ,ヒ
ゴシオン,マンシュウスイラン,コウリンギク,タカネコウリンギク,タマボウキなど,
他ではあまりみられないオグラセンノウ,キスミレ,タチスミレ,シムラニンジン,ツ
クシトラノオ,ヒロハヤヨモギ,シオン,ヒゴタイ,ヒメユリ,ミドリヨウラク,エヒ
メアヤメなど,またツクシフウロ,ハナシノブ,アソノコギリソウ,アソシケシダ,ア
ソタカラコウはこの地域の特産と考えられます。
 B九州南部の照葉樹林
 この地域の固有のシダ植物としてはヒノタニシダ,イツキカナワラビ,シビカナワラ
ビ,ヒュウガカナワラビ,シビイヌワラビ,クマヤブソテツ,ヒュウガシケシダ,クマ
イワヘゴ,シビイタチシダ,ナンピイノデなどがあります。わが国ではこの地域だけに
生育しているものとしては,ヒノタニリュウビンタイ,ツルダカナワラビ,フクレギシ
ダ,ホコガタシダなど,種子植物ではキリシマタヌキノショクダイ,マルミノカンアオ
イ,ツルジンジソウ,モミジコウモリなどの固有種があり,ナガバサンショウソウ,ツ
クシムレスズメ,クマガワブドウ,チャンチンモドキ,マルバテイショウソウなどはわ
が国ではこの地域にしか分布していません。
 C薩摩・大隅半島の河川
 カワゴケソウ科は,熱帯の急流に産する特異な水生植物です。温帯では日本6種と北
米1種が知られるのみです。宮崎県岩瀬川,鹿児島県安楽川・前マエ川・胆属キモツキ川・雄
オ川・神ゴウノ川・馬渡マワタリ川・万之瀬マノセ川・川内センダイ川などでみられます。

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