06 こんにちは昆虫たちよ〈森林害虫〉
 
           こんにちは昆虫たちよ〈森林害虫〉
 
〈森林昆虫と森林害虫〉
 森林の生態系は極めて複雑な相を呈しています。そこで,森林とはどのよう環境であ
るのかを,昆虫学の立場から一見しておく必要があります。
 森林は多くの種類の多年生の樹木が,地表から数mあるいは20〜30mの高さに生い茂り,
下草として多年生の潅木や草木が林床を被っています。かつこれらの樹木や下草は,長
年にわたって取り去られることがなく,土壌も耕されることがありません。このような
環境下では,多くの種類の動植物が棲息し,相互に拮抗してそれぞれの生態的位置を確
保しており,極めて複雑なかつ安定した生態系を形成しています。したがってこの中に
組み込まれている昆虫のなかの特定の1種類が,異常な大発生を引き起こすことはまれ
な現象ということができます。
 昆虫類は,この森林の生態的ピラミッドの中央部に位置を占める重要な一群です。そ
れ故彼らがその位置を確保するために,多少林木を摂食するからといって,直ちにこれ
を害虫と呼ぶことはできません。しかしながら何らかの原因で森林生態系のバランスが
崩れた場合には,昆虫類が本来潜在的に持っている強大な繁殖力によって大発生を惹起
し,森林に甚大な損害を与えるに至ります。しばしば大発生を繰り返す昆虫,あるいは
森林に大害を与える危険性を常にはらんでいる昆虫を一般に森林害虫と総称しています。
                                                                              
〈森林害虫の集団発生源〉
 森林昆虫が森林害虫に転化する要因には様々な事態が数えられますが,これらの要因
について一応の検討を加えておくことが必要です。
 森林害虫を一般には一次性害虫と二次性害虫とに区分しています。一次性害虫とは,
健全な樹木を食害する昆虫類の総称で,食葉性,食摂性,あるいは吸汁性の昆虫類がこ
の中に含まれています。二次性害虫とは,何らかの原因で樹木が衰弱した場合,初めて
これを攻撃する昆虫類を総称しており,キクイムシ,カミキリムシ,ゾウムシ,タマム
シ,ツツシンクイムシ,キバチなど,樹幹や枝に穿入する昆虫類によってほぼ占められ
ています。
 昆虫類の発生量は,一般にこの昆虫の繁殖能力と,環境抵抗の総和とのバランスの上
に成り立っています。一次性害虫と二次性害虫とで加害する樹木の健康状態が異なって
いる故,集団発生源も両者では区別して検討する必要があります。
 △一次性害虫の集団発生
 一次性害虫の発生の多寡は,昆虫自体に作用する因子,例えば生息場所の微気象,食
物量,密度効果,天敵との関係,昆虫自体が持っている考えられる何らかの発生リズム,
その他の要因などによって左右されているものと考えられます。気象条件も,昆虫自体
に有利又は不利に働く場合や,気象の変化が植物あるいは天敵に作用し,その結果が間
接的に一次性害虫に作用する場合などが考えられて,簡単には解明できない多くの問題
を含んでいます。
 △二次性害虫の集団発生源
 二次性害虫の発生は,樹木の状態に左右されることが多いです。すなわち健康な樹木
は幹や枝に穿入しようとする昆虫に対して多量の樹脂・樹液を分泌して防衛に努めます
が,衰弱木では分泌量が減少して穿入を許す結果となります。森林内の広い面積にわた
って樹勢の衰える事態が生ずると,それらの樹木を温床として二次性害虫類が増殖し,
やがて大発生の様相を帯びるに至ります。
 ・偶発的発生源
  @マツカレハ(マツケムシ),ツガカレハ(ツガケムシ),マイマイガ(ブランコ
ケムシ),スギシャクトリ,スギドクガ,ハムシ類,ハバチ類,スジコガネやオオスジ
コガネの成虫などの一次性害虫が大発生して惨害を与えた林には,キクイムシやカミキ
リムシなどの二次性害虫が多発しやすいです。広葉樹は一般に萌芽力が強いため,葉を
激しく食害されても回復しやすいが,針葉樹は萌芽力が弱いため樹勢が衰え,二次性害
虫の侵入を招いて枯死する率が高いです。A森林火災のなかでも地表火や樹冠火の場合
は,靭皮部が乾燥し,水分上昇が阻止され,樹脂分泌反応などの虫害抵抗性が著しく低
下し,春火事では夏頃から,秋火事では翌春から二次性害虫の侵入が見られます。B浅
根性の樹種や樹冠の大きな樹種は暴風害を受けやすく,針葉樹は広葉樹に比して弱いで
す。また激しく揺さぶられた場合にも樹勢が衰え害虫の侵入を招きます。C雪害は寒冷
地よりも温暖な積雪地に,厳冬季よりも早春に,広葉樹よりも針葉樹に,また壮齢林に
おいて多く発生します。D窒素酸化物,硫黄酸化物,塩酸,その他の酸性エーロゾルな
どの大気汚染による樹木の呼吸作用障害,それらの物質が含まれているいわゆる酸性雨
による植物体への悪影響,そして土壌の酸性化による土壌微生物への侵犯による樹木の
衰弱が虫害を誘発します。E土木工事などで広範囲にわたって地下水位が低下した場合
も,その部分の林木が急速に衰えて害虫の侵入を招きます。F急斜面における道路工事
などによる土壌の流亡や崩壊は林相の著しい破壊を招き,二次性害虫の発生源となりま
す。
 ・慢性的発生源
 @森林環境が不良で病害が発生し,林木が衰弱している林分では,慢性的な虫害発生
が見られます。森林環境の抜本的健康化を図って樹勢を回復させる必要があります。A
撫育の不十分な人工林での枝打ちの不足,被圧木・虫害木・倒木などの放置,うっ閉が
過度など,林木の健全な発育が妨げられているため,恒常的な虫害が見られます。
 ・一時的発生源
 @伐採跡地における枝条や伐倒木の散乱・放置は,これを生息場所として二次性害虫
が増殖します。Aダム建設による過湿地帯(冠水地帯)では樹木が衰弱して虫害の発生
源となりますので,伐倒処理が適切でしょう。
                                                                              
〈被害調査〉
 樹木にはそれぞれの種に固有の色彩,艶,形があり,健全木には特有の生気がありま
すので,その変化に注意するとともに,葉量,幹の損傷,樹脂の漏出,梢端の枯死,虫
糞や虫の死体の堆積,虫糞の落下音や摂食音などの騒音,捕食鳥・寄生蜂・寄生蝿など
の天敵の異常な増加などに注意することが虫害の早期発見に欠かせない事柄です。
 被害調査は展望法や標準地法などがあり,また空中写真を用いて被害樹種,被害材積,
害虫の種類を把握するすることができます。
 虫害を発見した場合,林産物の生産を主目的とする経済林にあっては損害の程度と防
除経費とを勘案して防除の是非を決めますが,保安林などの公益の増進や公安の維持が
目的の森林にあっては,単なる経済性は度外視しなくてはならない場合が多いです。
                                                                              
〈食葉性害虫〉
 △芽に現れる変化
 @春から初夏の間の食害は夏季に回復します(将来良材は得られません)が,夏季以
降の食害は不定芽となります。A被害の程度に応じ,頂芽のみ残して脇芽(冬芽)が落
下します。B花芽が葉芽に変わったり,葉芽が花芽に変わって返り咲きします(返り咲
きは母樹が枯死する例が多いです)。
 △樹幹に現れる変化
 被害が甚だしい場合には肥大成長が一時抑えられて二重年輪を生じます。また年輪の
不平滑,髄線の変曲なども生じます。
 △食葉性害虫の種類
 マツカレハ,ツガカレハ,マイマイガのような蛾類,メイガ科,ハマキガ科,ヒメハ
マキガ類などの小蛾類,マツミドリハバチ,マツノキハバチのような葉蜂類,ハンノキ
ハムシ,スギハムシ,スジコガネ,オオスジコガネのような甲虫類などその種類は極め
て多いです。
                                                                              
〈種子食害性害虫〉
 樹木の種子を害する昆虫には,毬果に食入る種類と種子自体に寄生する種類とがあり,
ミバエ科,ハナバエ科,オナガコバチ科,カタビロコバチ科,ゾウムシ科,メイガ科,
ヒメハマキガ科などが数えられます。
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