23d 四季の鳥
 
【秋】
 九月になると峯の方から初秋となり,山奥ではオオヤマザクラの葉が赤々と色づき始
める。ついでフシノキ・ヤマウルシも色づく。塩原では早くも山をおり始める夏鳥たち
が多く,春のころあんなに賑やかだった小鳥の合唱も聞けなくなる。今でもなお活発な
のはシジュウカラ・ヤマガラ・コガラ・ヒガラ・ゴジュウカラなどのカラ類やキツツキ
類の留鳥ぐらいのもの。大空には早くも群飛しつつ南下を始めるハリオアマツバメのジ
ェット機に似た飛翔ぶりが見られ,アマツバメ・イワツバメも大空を盛んに乱舞する。
初夏のころ八郎ガ原を美しく彩った各種のミドリシジミ類の蝶もほとんど姿を消して,
あとには小枝の芽や枝の分かれ目,しわの間,幹の亀裂などに,産みつれられた卵だけ
が残る。周辺に無数の細い針を飾ったその小卵は冬の極寒によく堪えて翌春無事に孵化
するが,その時期の食樹の芽立ちと一致するのも自然の妙である。
 ムモンアカシジミはミズナラの幹のクリオオアブラやこれをはこぶクロヤマアリの多
い所に自然の本能で産卵するが,その卵を拡大して見ると恰も美術品のように高雅な彫
りと形とからなる。アカシジミやウラナミアカシジミはコナラの小枝に産卵するが,尾
端で卵の上にゴミを付着させて擬装する本能がある。ウラキンシジミはトネリコの小さ
な木瘤の凹みに数卵を埋めこみ,ウスイロオナガシジミはミズナラやカシワの幹の亀裂
中に産卵する習性があって,皆それぞれに卵の保護を計っている。
 やがて山裾ではモズがけたたましくキィー,キィー,キィーと叫んで秋を告げるが,
これはモズの冬の間の縄張りを守るための悲壮な闘争の雄叫びで,他から移って来たモ
ズと激しく争うが,戦に破れた弱者は去って冬の間の領域が定まる。九月半ばごろは高
原山一帯は早くも紅葉の盛りで,塩原と鬼怒川温泉とを結ぶ日塩道路では,原生林が燃
え盛る炎のように,深紅のハウチワカエデ・ウリハダカエデ・コハウチワカエデの葉や
鮮かな黄に装いを変えたハリギリ・ミズナラ・カツラ・カラマツ・シラカバなどの葉で
飾り立てられて,全く錦繍の秋そのものだ。澄み切った秋の青空に映えるその紅葉や黄
葉の美は下界では想像もできない。路傍にはオヤマボクチの暗紅色の巨花,サワヒヨド
リの淡紅白色の小花,リンドウの紫色の花などが咲き乱れ,ヤマブドウの黒熟した漿果
の房が,深紅の葉や蔓の間に垂れて,山の人々に秋の食慾をそそり立てる。秋の味覚の
王者マイタケ,ナラタケなどの茸類もこのあたりに多い。このころ山林ではキビタキの
ヒヒヒヒと鳴き続ける哀れな声が聞こえて,しみじみと深み行く秋を覚える。
 十月になると最高峯の日留賀岳や鶏頂山に霧氷や新雪が訪れて,秋空に早くも白々と
した冬姿を見せるが,根雪とはならずすぐ消える。ついで尾頭峠あたりの原生林の葉は
次々と散って冬木立と変り,マヒワなどの冬鳥も姿を見せ始める。山奥の林にハイマツ
や松柏類の実りが悪い年には,常には亜高山帯にすむホシガラスが山を下って山麓近い
コナラやミズナラの林に飛来し,その実をついばむことがある。ツチアケビの真赤なバ
ナナ形の実が熟すのもこのころで,このラン科植物の実は薬用として山人たちに愛用さ
れる。センブリやムラサキセンブリの花もこのころに咲くが,胃腸薬として湯の街で売
られている。
 十一月になればツグミの仲間のシロハラ・マミチャジナイ・ツグミなど,秋の渡り鳥
の代表ともいえる鳥が無数に飛来して,山奥の林に群れて秋の樹の実をついばむ。新湯
の奥の大沼近いヨシの湿原も今や早々と霜枯れ始めて,八月ごろここを飾った濃紫の花
をつけたサワギキョウや紅の花をつけたエゾミゾハギも全く枯れ果てて果実だけが残り,
吹く風にヨシの穂がいたずらにざわめきわたるだけだった。大沼周辺のニレ・ミズナラ
・カシワなどの梢に葉一つなく,オオアカゲラが幹でこつこつと音を立て,木の中にひ
そむカミキリ類の幼虫を捜している。林の中ではシジュウカラ・コガラがひっそりと音
もたてずに枝から枝に餌を求めている。朝な朝なリスはオニグルミの梢にかよって実を
集め,樹洞の中に運んで冬篭りの食糧貯蔵におおわらわだ。クマも笹を分けて,ミズナ
ラやコナラの幹に攀ヨジり,梢の枝を折って棚をつくり,その上にどっかと座って,手当
り次第に果実を口にし,充分に腹ごしらえをする。樹の実の少ない年には畑に出て玉蜀
黍などの農作物をむさぼり食うが,クマは朽ちた幹に多いアリの巣などもその鋭い爪で
あばいて盛んにこれをなめて食い,秋の実のヤマブドウ・サルナシなども好み,渓流に
すむサワガニなどを捕食する。秋には十分に餌をとって,その体内に脂肪を貯えて穴ご
もりする永い冬の準備に寧日もない。山林にはムキタケ・ナメコ・シメジ・シイタケな
ど数々の茸類が生え,華美な赤や青の色の傘をもった毒茸も発生する。秋の紅葉も春の
桜の花に劣らずあわただしくその盛りが過ぎ,十一月の末になれば奥山はもちろん,関
谷の里から塩原の湯の街まで長々とした渓谷の林も吹く北風に葉という葉を落として,
今やわくら葉さえなく寒々とした冬木立だ。冬鳥のジョウビタキがこのころ渡り,ノイ
バラの草むらでからだを振ってクワツクワツと低い声で鳴く。谷を埋めた葉の上ではヤマド
リが数羽,葉をかさかさと足掻いてコナラの実などをついばむが,近くの崖下の砂場で
はヤマドリの雄が翼で地面を打ってボトボト,ボトボトと幌を打つが,秋の寒々とした
木立で聞くその微かな友を呼ぶ音はいかにも佗しげな深みやく秋を思わす響きだ。渓流
のよどみではカワネズミが水をくぐって餌を捜すが,体毛が密生しているので冬の寒さ
も物ではないらしい。林では粉雪のような綿毛のある白いアブラムシ類が小雪の降るよ
うに盛んに飛ぶ。この有翅の産性虫のネワタムシはこのころ木の枝などに胎生で雄と雌
との虫を産むが,更にこれが交尾して卵を産み,その卵が越冬するというややこしい生
活史をもつ虫である。冬枯れの林ではミノウスバがわびしげに飛ぶ。オオモミジの梢で
は冬鳥のシメがただ一羽その二双の翅のある種子をしきりについばむ。
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