13c 森に棲む野鳥の生態学〈森を守る野鳥たち〉
 
〈堅果の食べ方と貯食〉
 堅果の一つであるドングリは,野鳥や哺乳類はその子葉部分を栄養とします。つまり
発芽のもとを消化してしまいます。シイやナラなどの堅果を食べる際,ヤマガラやカケ
スは堅果を足ではさみ,果皮と渋皮(種皮)を嘴クチバシで除いて中身を食べます。ヤマ
ドリやオシドリでは果皮,渋皮ごと丸飲みします。その場合彼らは大きな砂嚢を持って
いるので,固い果皮も胃の中で砕いてしまいます。マツの種子も比較的固い皮をかぶっ
ていますが,多くの野鳥はそのまま食べてしまいます。このような種実は子葉や胚ごと
消化されてしまえば,植物の方には何のメリットもありません。ところがこうした固い
種実は,柔果より貯蔵に向いているという長所があります。野鳥は初冬から春先の間の
食糧不足に備え,土に固い種実を貯蔵するのです。これを貯食といいます。
 ヤマガラは1粒ずつくわえて運んだシイの実を倒木の樹皮の割れ目や木の根元,ある
いは崖のふちに埋め込み土を詰めます。カケスは口にいっぱい詰めて運んだドングリを
1粒ずつ地上の枯葉をどけて地中浅く埋め,再び枯葉をかぶせます。多いときには1日
300個,1シーズン4000個に達するといわれています。ヒガラやキツツキ類でもアカマ
ツやトウヒの種子を樹洞や樹皮の割れ目に隠す行動がみられます。北海道知床のホシガ
ラスはハイマツの種子を運んで道路法面ノリメンなどに貯蔵します。柔果でもコガラがイチ
イ,ニシキギなどを貯食する例があります。
 小鳥では通常せいぜい直径数百mの秋冬の行動圏(ドミサイルという)のなかで種子
をとり,そこへ貯蔵します。しかしカケスやホシガラスでは1〜数kg,外国では最高20
kgも運んだ例があります。こうして何百,何千と貯蔵した場所を野鳥はかなりの正確さ
で覚えているといわれています。貯蔵した種子は冬から春先の間の餌として使われる他,
ヤマガラでは翌春の雛の餌にも用います。しかし貯食行動を行った鳥の一部は冬の間に
死んだり,埋め場所を忘れる場合もあります。こうして取り残された種子は,翌春発芽
するのです。
 アカマツのような翼のある種子と異なり,ブナ,カシ,ドングリのような堅果は,単
に落下するだけでは拡張しにくいのです。まさしく堅果と野鳥は共生関係にあるのです。
ミズナラの母樹のないアカマツ天然林での調査例では,20×20mのコドラートのなかに
143本のミズナラ稚樹が生育しており,これはすべて林外からカケスが運んだものでし
た。アカマツ林がミズナラ林へ遷移する推進役はカケスというわけです。旧ソ連ボロネ
ジのマツ林で数kmも離れたナラ林からカケスが堅果を運んだ結果,ha当たり522本のナ
ラの稚樹が育っていること,また南プリバイカリエの伐採焼跡地ではホシガラスが年々
ha当たり8500〜43000個ものヒマヤラスギの種子を運び込んだことが報告されています。
 
〈漿果の食べ方と発芽率〉
 ガマズミ,ミズキなどの漿果では,イカルのように固い内果皮を割って中の種子を食
べる鳥もいますが,多くの野鳥は中果皮のみずみずしい果肉の部分を栄養とします。固
い内果皮から内部の種子の部分は,口から吐き出したり,糞とともに排出します。こう
して排出された種子は,自然落下のものに比べ発芽率が高いという例が多くみられます。
 
      野鳥の糞からとりだした種子の発芽率の例
 
植物名    [置床種子数(個)]    [180日後の発芽率(%)]
       糞からの種子  対照    糞からの種子  対照
 
マサキ      21      25       100     32
モズミモチ    25      50       92      6
サカキ       30      20       73     20
ヒサカキ     55     180       31     10
トベラ      25      25       88     96
 
モチノキ     27      40        0      0
ヤブニッケイ   10      20        0      0
クサギ      25       -       100      -
 
 宮城県金華山のカラスのペレット内のクマノミズキの種子の発芽率が61%なのに比べ,
自然落下したものの発芽率は34%しかなかったとの調査例もあります。またヒヨドリの
糞内から取りだしたネズミモチとヘクソカズラは共に100%近く発芽したのに,果肉を
つけたままの自然種子は1個も発芽しなかったとの例もあります。漿果類はその種子を
野鳥によって広く散布してもらった上に,発芽率まで良くなっているのです。これは野
鳥の消化管内を通過することによって余計な皮が除去され,内果皮,種皮も適度に柔ら
かくなるためであると考えられます。
 漿果類がこうした散布戦略にさらに適応するため,外果皮の色は野鳥に目立ちやすい
鮮明なものに,中果皮にみずみずしく美味しいように肥大化し,中果皮,種皮は消化液
に完全には溶けないよう硬化するという進化をとげたものと解釈されます。
 堅果も漿果も野鳥にとっては餌となり,植物にとっては分布が拡張されるような共存
システムをとっていることになります。
 
〈森林の形成と野鳥〉
 野鳥による種子の散布は,前述の貯食,排出によるほか,体への付着,巣周辺への雛
鳥からの排出,誤って落とすことなどによっても行われます。さらにメジロ,ヒヨドリ
の花蜜吸飲時の授粉,野鳥の排糞に伴う微量栄養素の散布,キツツキ類などによる枯木
の分解の助長など,植物と野鳥との相互依存的関係は密接なものであり,森林の遷移,
成長に野鳥は大きな役割を担っているといえます。
 種子植物の散布様式として動物散布では,チジミザサ,ヌスビトハギなどは付着型,
コナラ,ミズナラなどは貯食型,ガマズミ,ウグイスカグラなどは被食排出型です。そ
のほかカエデ,カンバなどは風により散布します。高木層で66%,亜高木層で94%,低
木層で85%,草本層で60%が野鳥など動物型散布により散布します。
 北海道札幌円山の冷温帯落葉広葉樹林では,鳥類の体内通過型の散布は高木層で全樹
種のうち35%,低木層では78%が該当しているとの報告もあります。北海道の残存海岸
林に生育している広葉樹の大半は野鳥によって内陸から運ばれたものであると調査もあ
ります。またボルネオ島における体内通過型の樹種は40%,ナイジェリアの熱帯降雨林
で同じく71%であるとの調査報告もあります。旧ソ連のステップの中の窪地では,まず
風散布のヤマナラシ林ができ,次いで渡り鳥によって運ばれた種子が発芽し,ノイバラ,
クロウメモドキなどの低木林が形成されるとの報告があります。東京などの大都会でも,
知らないうちに庭先にアオキやヒサカキ,ネズミモチが生えてくるのは,ヒヨドリ,ム
クドリ,ツグミなどの野鳥が運んできたためです。
 
          滝沢の種子植物の散布様式
 
散布型               高木         亜高木          低木           草本
       階層    本数 比率%   本数 比率%   本数 比率%   本数 比率%
 
動物散布     15   68    15   94    89   85    18   60
 A付着型                             3   10
 B貯食型     4                3   3    2   7
 C被食排出型  11   50    15   94    86   82    13   43
                                      
風散布       7   32    1   6    16   15    6   20
その他                               6   20
 
合計       22  100    16  100   105  100    30  100
 
※ 300u内の調査結果
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