12e 森に棲む野鳥の生態学〈森の野鳥の暮らし向き〉
〈定まった場所に棲む野鳥〉
富士須走でのバンディンク調査によると,留鳥のシジュウカラ,漂鳥のアオジ,アカ
ハラ,夏鳥のコルリなど多くの鳥は,2年目,3年目に同じ林で同じ個体が再捕獲され
た例がみられます。そして同じ個体がごく狭い範囲内で何回も捕獲されています。この
ことはこれらの野鳥が毎年同じ林で繁殖し,しかも一定の行動圏を持っていることを示
唆しています。
ヨーロッパのロビン,ウタツグミ,日本ではホオジロ,エナガ,シジュウカラなどは,
命ある限りほぼ同じ林で繁殖すると報告されています。
前述のロビン,それからアオジ,オオジュリン,ガン類,ツルなどの渡り鳥も越冬地
は毎年同じです。シロハラ,カシラダカも同様です。
〈縄張りと定住圏〉
縄張りの区域は,「なわばり記図法(テリトリーマッピングメソッド)」により調べ
ます。なわばり記図法は,繁殖期に一定の林(20〜30ha)のなかに50〜100m間隔でルー
トを設け,観察半径25〜50mで8〜10回,早朝に時速1〜1.5kmで巡回し,主に雄のソン
グ地点をルート地図上に記入する方法です。
この調査によればホオジロ,メボソムシクイは,ソングの範囲と,縄張りの範囲とが
一致するなど,一般にソング地点の塊り付近には,縄張りが存在する可能性が高いこと
が明かです。
繁殖期の縄張りでは,モズ,ミソサザイ,ロビン(ヨーロッパ)などは採餌,営巣,
交尾などの生活は縄張り内で行い(A型),シジュウカラ,ホオジロ,アカハラなどは
採餌以外の活動は縄張り内で行い,採餌は縄張りの内外を問わず行い(B型)ます。ム
クドリは営巣場所を中心とするごく狭い範囲を縄張り(C型)とします。
B・C型の行動圏(ホームレンジ)は,平面的,あるいは立体的にも,縄張りよりも
広い範囲です。
縄張りや行動圏内に棲む個体は,一夫一妻はモズ,一夫二妻はシジュウカラです。一
夫多妻はミソサザイ,キジなどです。世界中の鳥類では,一夫一妻以外の結婚制をとる
鳥は8%,大部分は一夫一妻制です。
一夫多妻は,草地湿原のように特定の餌の生産量が多い場所に棲む鳥や,孵化した雛
がすぐ独り立ちできる種類に多くみられます。
〈体の大きさと行動圏〉
猛禽類の行動圏はノウサギ,ノネズミなどは広い地域に分布している餌を対象にして
いるので,生体重1kgの鳥では322ha,昆虫食や果実食の鳥では生体重1kgの鳥で164ha
として計算できます。
上昇気流に乗って上がってくる飛翔昆虫を捕食するアマツバメ,イワツバメなどは集
団営巣性(コロニー)をとるためもあり,その行動圏はワシタカなみに広くなっていま
す。
〈縄張りの役割〉
縄張りの役割は,餌との関連でみれは,親鳥や雛が必要とする総量としての手に入る
餌量が平均的に少ないので,それを確保するために縄張りをはっています。
そのほかつがい形成,交尾,営巣場所の確保,捕食や疫病の危険の分散や密度調節な
どがあります。
また森の昆虫のようにある程度均質に分布している資源を餌としている鳥では,分散
して繁殖した方が採餌に要する時間が少なくてすむのに比べ,果実や種子のように集中
的に分布する資源を餌とするものでは,コロニーを持って餌の近くで集団繁殖した方が
採餌効率がよいともいわれています。
森の野鳥の暮らし向き〈野鳥の生息密度とその変化〉
〈生息密度の把握〉
比較的簡便な方法として,鳥種ごとの目立ち易さ,つまりセンサス記録率を用いる方
法です。これはラインセンサス法(ロードサイドセンサス,ライントランセクトセンサ
スも同じです)といって,任意のルートをとって林内を歩き,周囲の一定観察半径内に
出現する鳥を記録する方法です。
ラインセンサス法は天気の良い日の早朝,公式日の出時の1時間30分後から1時間,
時速1.5m,観察半径50mで実施するのがスタンダードです。得られた種類別記録個体数
を記録率で割ると15Ha当たりの生息つがい数が求められます。シジュウカラの例では,
サンセス記録率が108.9%ですので,記録個体が100羽としますと,100/108.9=約91.8
羽が15ha当たりのつがい生息数となります。
ヨタカ,フクロウ類など明瞭なソングをする夜行性の鳥でも,この方法でおおよその
生息数を求めることができます。
非繁殖期では縄張りを持つものが少なく移動するものがかなりあること,記録率も明
かでないことから,調査法は開発されていません。
〈生息数と林の種類〉
キバシリ,キクイタダキは暗い針葉樹の純林,シジュウカラは中下層に広葉樹のある
林,キビタキはうっ閉した林で中層に落葉広葉樹があるが下層木の少ない林,ホオジロ
はブッシュのある疎な林を好むなど,種類ごとにかなり細かい林相タイプの要求因子が
あるといわれています。
森林に棲む鳥は,その餌や営巣場所など生活に必須の要因を種ごとに分化させ,ある
いは広く適応して各々好みの林相を選んでいます。林相そのもののほか,それを規定し
ている気温,湿度,土壌,地質,傾斜などの無機的条件が間接的に,さらに平均的な餌
の生産量が直接的に各鳥種の密度の違いに影響していると考えられます。
〈生息密度の減少〉
生息密度は気候などの影響により,減少することがあります。
岩手山麓の滝沢鳥獣試験地の調査によると,繁殖期の前の冬に大雪寒波があった年に
減少しました。シジュウカラは他のカラ類に比べ留鳥性強く冬には地上で餌を多くとり
ます。またキジバトは年中地上で餌を多くとります。したがって大雪寒波はこの両種に
致命的な打撃を与えます。
地上性のキジでも大雪の翌年には狩猟数が激減するといわれています。
また繁殖期に大雨になると孵化した幼鳥が死にやすくなります。異常気象の影響はム
クドリでも観察されます。
ヒガラは冬の低温による餌量の減少,シジュウカラは初めて冬を迎える若鳥が寒さや
餌の減少などが生息密度の減少に関与しているものと考えられます。
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