11 森に棲む野鳥の生態学〈はじめに〉
 
        森に棲む野鳥の生態学〈はじめに〉
 
         ※この「森に棲む野鳥の生態学」シリーズは,由井正敏氏著 創文社
         発刊の同名図書を抜粋(一部修正)したものです。         SYSOP
 
はじめに 野鳥は今〈滅びゆく野鳥,増える野鳥〉
 
〈絶滅に頻する野鳥〉
 森林生態系の植物連鎖の頂点に立つ猛禽類のイヌワシは世界的に減少傾向にあり,日
本でも最近の調査(昭和63年頃)で全国で283羽しか生息していません。ノグチゲラ,
ヤンバルクイナは約100羽前後,シマフクロウ,オジロワシの繁殖個体群は50羽以下,
トキ,コウノトリに至ってはすでに絶滅状態です。日本あるいはその付近に固有な鳥で
すでに絶滅した鳥は,オガサワラマシコ,オガサワラガビチョウ,オガサワラカラスバ
ト,リュウキュウカラスバト,ミヤコショウビンの5種です。
 
       日本特産の野鳥           *繁殖期は日本のみで行い,他の
                         時期には他国へ移動するもの。
 
 アオゲラ           クロウミツバメ*               
 アカコッコ          セグロセキレイ               
 アカヒゲ           ノグチゲラ                  
 アホウドリ*          ノジコ*                  
 アマミヤマシギ        ミゾゴイ*                  
 イイジマムシクイ*       メグロ                   
 オオジシギ*          ヤマドリ                  
 カヤクグリ          ヤンバルクイナ                
 カンムリウミスズメ*      ルリカケス
 
 この表のなかで島に棲む種類で個体数の少ないものの絶滅が心配されます。
 日本のなかでの繁殖数が少ないものは,前述の猛禽類や八重山諸島のカンムリワシを
はじめ,タンチョウ,ヤイロチョウ,イワミセキレイなどがあります。
 大陸にはまだかなり生息していますが,日本からほぼ姿を消したものにミユビゲラ,
キタタキ,ワシミミスクなどがあります。
 このように日本において絶滅したり,極端に減少している鳥は,大型の水鳥や猛禽類,
大型の水鳥や猛禽類,さらにキツツキの仲間や島に生息する種類が主体です。絶滅や減
少の原因の最も主な要因は,湿地や原生林など,森林そのものの開発,消滅のほか,伐
採とそれに続く単純人工林化などで,その種の生息する環境に影響を与えます。
 
〈危機に立つブナ林のクマゲラ〉
 昭和8年11月に秋田県八幡平の霧滝においてクマゲラが採集され,その後東北々部に
おいて次々に見つかっております。いずれもブナ林から見つかっています。北海道でも
クマゲラが少数生息しますが,生息区域は汎針広混交林です。
 現在生息や痕跡の確認されている場所は,東北々部の白神山地,十和田湖,森吉山,
八幡平,毒ケ森,駒ケ岳,大胡桃山で,比較的広いブナ林の残された地域だけです。
 
〈増えている野鳥もいますが〉
 ホオジロ,モズ,ヒヨドリなどは林道の開発,森林の伐採などによる若い造林地や林
縁を好むので奥地に進出していきます。オナガ,ムクドリ,スズメは,果樹園,農耕地,
人家などを好んで勢力を拡大します。ハシブトガラスは人間の残飯を求めて高山まで進
出します。
 近年はキジバト,ヒヨドリ,ハクセキレイ,そしてチョウゲンボウというタカの仲間
までが都市に進出して,街路樹に巣やねぐらを持ったり,ビルの屋上で繁殖し,人間生
活と密接な関係を持ち始めています。
 
 
野鳥は今〈悠久の変転〉
 
〈早池峰山の野鳥〉
 岩手県の早池峰山ハヤチネサンでは昭和25年に山頂小屋の管理人がライチョウを見て以来,
今日まで見つかっていません。
 ライチョウは氷河期の遺存種といわれています。まだ大陸には普通に生息しています
が,日本では現在,南・北アルプスに2900羽程度生息するだけです。長い地球の歴史の
流れのなかでは,滅ぶべき種は滅び,そして新たな種が生まれる。しかし種の存亡に要
する時間は数万年〜二百万年という気の遠くなるオーダーです。
 生物は種族維持により,すきさえあれば新天地を開拓し勢力を拡張しようとする性質
を持っています。最終的にはその種の適応力,移動能力及び他種との競合に打ち勝つ力
で決まります。
 日本では北海道のみで繁殖するノゴマという鳥が,昭和54年7月に早池峰山頂で繁殖
していることが確認されました。ある地域をとってみれば,様々の種類が長い経過のな
かで消滅,進出を繰り返しているのです。
 
〈鳥類群集の変遷〉
 鳥類群集とは,一言でいえばある森林に棲むすべての種と個体数の集まりのことです。
 日本の各地域,環境の鳥類群集は,長い地史的,気象的条件の変動を背景に形成され
たものでありますが,それは不変のものでなく,長い時間をかけて遷移しています。早
池峰山に進出したノゴマもこのことを証明しています。
 個々の鳥種の進出,消滅とは別に植物相なり植生の変化ないし遷移につれ,鳥類群集
も変わっていくことになります。
 現在の日本の鳥類相(アビファウナ)の原型は,ヨーロッパの例から推測しますとほ
ぼ8000年前ころに固まったと考えられます。また森林分布が確定したのは2000〜2500年
前ころですので,天然林の鳥類群集の起源はその頃と考えてよいでしょう。
 
〈人間の猛威〉
 西暦元年には約1億人といわれる地球人口は,今や50億人となり,その生活維持のた
めに利用される資源と,そこから出る排出物は膨大です。
 日本でも弥生時代からの農耕文化の進展につれ,特に暖帯林の開発が進み,大半はア
カマツ林や二次林ないし都市や農耕地となってしまいました。日本で本当の原始林と呼
ばれる地域はごくわずかになり,2500年前に形成された森林の鳥類群集は,これらの人
為によって有無をいわさず本来の流れとは別の方向に改変されているといえます。
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